「わたしがわたしであること」
このことに、こころを凝らしますと、
必ず「今、ここ」にあることができます。
ずっと以前から、わたしはわたしでありましたし、
これから先もずっと、わたしはわたしであります。
しかし、精確に考えますと、
以前であっても、これから先であっても、
どんな時だって、常に「今」にしか「わたし」はいません。
「今」しか生きられません。
「今」にいるとき、人は、こころ静かであり、安らかさの内にあります。
過去に生きたり、未来に生きることはできません。
自分のこころが過去に、未来に彷徨いでるとき、
人は「今」にいず、こころここにあらず、です。
こころがざわつきます。
そして、他の事はいろいろ変わっていきますが、
この「わたしはわたしである」ということは、引き続き引き続き、変わりません。
つまり、「今、わたしはここにある、わたしはわたしである」がずっと続いてゆくのです。
そしてこの変わらない「わたし」は、
これまでの様々な外側の変化をそのたびごとに見事に乗り越えてきましたし、
これからも乗り越えてゆくのです。
旧約聖書の『出エジプト記』第三章に、
自分の名を問われた神が、その名を「わたしはある」だと告げています。
わたしたちひとりひとりの内に、
「今、わたしはある」
「今、わたしはわたしである」
が息づいています。
木曜日の朝、そのことをこころに記して。
2008年10月02日
この記事へのコメント
コメントを書く
この記事へのTrackBack URL
http://blog.seesaa.jp/tb/107453560
http://blog.seesaa.jp/tb/107453560

