ことばは今は「レッテル」にすぎぬかもしれない。
しかしことばはかつては「物体」に即しているだけでなく、
精神の深みに即していた。
たとえば、人の「名」はその人となり、更にその人の深みを表していた。
今、ことばは内実を持たず、
何かを指し示すだけのものかもしれないが、
その指し示されたものに、
自ら光を当てて、
自らの内実とすること。
それは、ことばの深み、豊かさ(イマジネーション)に目覚めることになる。
シュタイナーの書物に書いてあることを知識として憶えても仕方なく、
それらをわたしの生活から生まれた「わたしのことば」「わたしの問い」にできるかどうか。
それが大切なことのように思える。
2008年10月01日
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