シンパシーを育むということ。
“今まで以上にものを注意深くみる”。それを練習してほしいんですね。
「見呆ける」ということばがあります。
考えることを差し挟まない見方ですね。
これを意識的にする練習はとても意味があります。
つまり、考えることを敢えて差し控える見方です。
例えば成長していく植物を見呆けてみてください。
そのとき、大まかな考え、「これは成長の相にある植物だな」という考えを持って見呆けるのです。
その時にどういうことがこころの中に生じるかを見てください。
成長する相に目を向けるということは俳優にとって意味があります。
そして同時に、衰退する相を見ていくのです。
そして、そのように見る練習をしていく中で、
こころがどういう動きをするかに、深く深く自覚的であるということなのです。
俳優としてテキストと向き合う時、
登場人物の姿、こころの中を見るのです。
見る練習をしてほしいのです。
そしてその時、自分のこころがどのように動いているかを見ることができればしめたものです。
本来人は見たことしか提示できません。
だからこそ、普段の人が通り過ぎてしまうことをでも見ること、深みを見ることが、
俳優にとって必要なことです。
俳優は、生きることの深みを舞台の上で顕わにすることが仕事ですから。
シュタイナーも同じでした。
彼は、肉眼の眼だけでなく、こころの眼、精神の眼をも通して見たものだけを、
できるかぎり科学的に語り、記述しました。
ですから、見ることがとても大切になってきます。
感官を拓くということですね。
成長する相、衰微する相に目を向けることです。
幼子と老いた人とをこころにむかえたとき、その時、こころの内の動きは全く違ってきます。
舞台上でも同じです。
俳優のそのこころの働きが育まれていればいる程、舞台も力強くなります。
わたしたちのクラスでは、
午前の時間で、からだという楽器を整え、午後の時間ではこころを、内面を培っていきます。
そして、わたしたちひとりひとりのからだとこころが段々とともどもに起こされ、育まれ、なりたたせられていき、より自由なあり方で舞台に立てることを目指しています。
(続く)
2008年07月23日
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