2022年12月07日

原罪意識に基づいてゐない日本の精神文化






わたしたち日本人は、これから、みづからの精神文化を摑み直し、立て直し、改めて、世界に向けてまっすぐに発していく。

そのために、アントロポゾフィーといふ精神の学を通して、日本の精神文化を見直し、鋳直し、自分自身の足元に据ゑ直すのです。




シュタイナーによるまぎれなく考へること(メディテーション・瞑想)への導きの書、『いかにして人が高い世を知るにいたるか』。

この書は、読み込むほどに、読む人の内において、そのまぎれなく考へることと芸術実践とがひとつに重なつてくる、自己教育・自己啓発の書です。

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【アントロポゾフィーハウス ことばの家 オンラインクラスのご案内】

【「いかにして人が高い世を知るにいたるか」クラス】

★2023年1月9日よりの
 新・月曜クラス(毎週) 20時〜21時

 木曜クラス(毎週) 20時〜21時
 日曜クラス(毎週) 20時〜21時

●ご参加費
体験単発参加  2000円
お月謝制(基本的に月に4回) 5000円


【「テオゾフィー 人と世を知るということ」クラス】

●開催日時
毎月二回 いずれも土曜日
(正確なスケジュールは、下記の「含まれるクラス」欄にてどうぞご確認ください)
午前10時〜12時

●ご参加費
体験単発参加  3500円
6回連続    18000円


※連続ご参加の場合、ご自身のご都合による欠席は講座費は払い戻しはいたしません。後日、録画した動画をご覧いただけます。

●お振込み先
// ゆうちょ銀行から //
記号 10260 番号 28889041
スワ チハル

// 他銀行から //
店名 〇ニ八(ゼロニハチ)
普通 2888904

参加費をお振り込みいただいた方に、zoomのIDとパスワードをお伝えします。


●お申し込み・お問い合わせ
アントロポゾフィーハウス ことばの家
https://kotobanoie.net/access/


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HP「アントロポゾフィーハウス ことばの家」
https://kotobanoie.net/
.
諏訪耕志ブログ『断想・・アントロポゾフィーに学びつつ・・』
http://kotobanoie.seesaa.net/
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you tube channel「アントロポゾフィーハウス ことばの家」
チャンネル登録、どうぞよろしくお願ひします。
https://www.youtube.com/user/suwachimaru


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2022年12月05日

12/10(土・夜)12/11(日・朝)オンライン講座「星の銀貨」を通して〜人への無理解と憎しみについて〜






今週の土曜日12月10日の夜と、日曜日12月11日の午前のひととき、グリム童話「星の銀貨」を言語造形を通して声に出して語ることを通して、現代文明下に生きるわたしたちの重くて深い課題でもある「人への無理解と憎しみ」について、ルードルフ・シュタイナーのことばからひも解いて行きます。


アントロポゾフィーからの人間理解と、お話を語る芸術実践を重ね合わせて、クリスマスに向けてのこころの備えを共になして参りましょう。


初めての方でも大丈夫。前提となる知識などは要りませんので、どうぞ奮ってご参加ください☺️


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日時:12月10日(土)20時から22時までのzoom meeting
   12月11日(日)10時から12時までのzoom meeting
   どちらも同じ内容です。
   ご参加された方にのみ、後日、
   録画収録した動画アドレスを送らせていただきます。


参加費:3500円


お振込み先
// ゆうちょ銀行から //
記号 10260 番号 28889041
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// 他銀行から //
店名 〇ニ八(ゼロニハチ)
普通 2888904

参加費をお振り込みいただいた方に、「星の銀貨」のテキストとzoomのIDとパスワードをお伝えします。


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言語造形「星の銀貨」







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やまとことばの徳用(さきはひ)






民族ごとに与へられてゐる母国語。

それは、その民族の精神を支へ、育み、栄へさせゆくものです。

よつて、母国語を大切にする民は、健やかであることができるのです。



シュタイナーによるまぎれなく考へること(メディテーション・瞑想)への導きの書、『いかにして人が高い世を知るにいたるか』。

この書は、読み込むほどに、読む人の内において、そのまぎれなく考へることと芸術実践とがひとつに重なつてくる、自己教育・自己啓発の書です。

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【アントロポゾフィーハウス ことばの家 オンラインクラスのご案内】

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 木曜クラス(毎週) 20時〜21時
 日曜クラス(毎週) 20時〜21時

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体験単発参加  2000円
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【「テオゾフィー 人と世を知るということ」クラス】

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毎月二回 いずれも土曜日
(正確なスケジュールは、下記の「含まれるクラス」欄にてどうぞご確認ください)
午前10時〜12時

●ご参加費
体験単発参加  3500円
6回連続    18000円


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2022年12月04日

生死を超えて繋がり続ける






個人的なこと(父とわたしのこと)を話させてもらひました。



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2022年12月03日

こころのこよみ(第33週) 〜人に任されてゐる仕事〜



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わたしはいま、世をかう感じる。

それは、わたしのこころがともに生きることなしには、

そこにはただ凍りついた虚しいいのちのみ、

そして、力が啓かれることもない。

人のこころにおいて、世は新しく創りなす。

世そのものにおいては、死を見いだすのみ。


So fühl ich erst die Welt,
Die außer meiner Seele Miterleben
An sich nur frostig leeres Leben
Und ohne Macht sich offenbarend, 
In Seelen sich von neuem schaffend, 
In sich den Tod nur finden könnte.           


世とは、この地球を含む宇宙まるごとのことであり、四季折々に織りなしてゐる自然のいちいちのことであり、このわたしをも含む人といふ人のことでもあり、そして、物質の域だけでなく、こころの域、精神の域にまで及ぶものであるだらう。


その「世」といふものに、この「わたし」が働きかけることによつて、何が生じるだらうか。


たとへば、こころを籠めて世の何かを、世話する、面倒をみる、手塩にかけて育てる、などなど・・・。人が、さうするとき、その何かはどのやうな変化を見せてくれるだらうか。


人がこころを注ぎつつ手入れしてゐる庭と、ほつたらかしの庭とでは、何かが違ふ。


人が大事に、感謝をもつて住んでゐる家と、家のあちこちに対して文句を言ひつつ、手入れが行き届かない家と、また、誰も住んでゐない家とでは、それぞれ、趣きを異にする。


対象が、庭や家だけでなく、動物や人ならば、その違ひもより明らかに見られるのではないだらうか。


それは、決して、気のせいではない、明らかな趣の違ひとしてしつかりと感じられる。


今週の『こよみ』では、かう記されてある。


 わたしのこころが共に生きることなしには、
 そこにはただ、凍りついた虚しいいのちのみ


世は、人によつてこころから意を注がれることを待つてゐるのではないだらうか。


花も、動物も、水や風やあらゆる自然のものも、人が創り出したあらゆるものといふもの、機械類までも、そして、もちろん、人や、目には見えないが世に存在してゐる者たちも、人から、こころを向けられるのを、待つてゐるのではないだらうか。


人がこころを注ぐところに、新しいいのちが宿る。


いのち、それは人が、その人みづからのこころの力をもつて、世に新しく与へることのできる愛、と言つてもいいかもしれない。


人からの愛が注がれるところに、新しく、世そのものがもつてゐる力が啓かれる。


さうして、世は、人とともに、時とともに、更新されていく。


世は、人からの積極的な行為を、愛を、待つてゐる。


人とは、なんと大きな仕事を任されてゐることだらう。



わたしはいま、世をかう感じる。
それは、わたしのこころがともに生きることなしには、
そこにはただ凍りついた虚しいいのちのみ、
そして、力が啓かれることもない。
人のこころにおいて世は新しく創りなす。
世そのものにおいては死を見いだすのみ。



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2022年12月02日

12/25(日) イエス・キリスト生誕劇2022 青森八戸クリスマス公演



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青森ははやくも雪一面の世界。そして、あと四週間経てば、一年の内、最も夜が長い冬至の日のすぐ後の日曜日に、クリスマスがやってきます。


演出を担っていますわたし自身もまた、こころの闇を潜り抜ける日々が続いています。


しかし、役者の皆さんは、本当に、こころから、懸命にご自身と対話をしながらも、劇創りに取り組んでいます。


わたしたちは、このおよそ三年分の世界の闇を払いのけるつもりでおります☺️


クリスマスとは、闇の中に、自分自身から、光を灯す時。


東北地方にお住まいの方、今年のクリスマスはわたしたちの生誕劇と共に、こころに静かなあかりを灯しに来られませんか。


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【東北初!シュタイナー教育からの言語造形によるイエス・キリスト生誕劇】


※開演前の12時より、1時間の物語・演劇ワークショップを公演会場にて言語造形講師・諏訪耕志と共にいたします(別途参加費 2000円)。今回の生誕劇でのせりふに挑戦していただきます。ぜひ、この機会にことばのダイナミックな表現を体験してみませんか。どうぞ奮ってのご参加、お待ちしております。


■ 日時 12月25日 (日)  
12時〜13時 言語造形ワークショップ 
13時開場 13時30分開演 15時30分終演予定


■ 会場 
八戸市総合福祉会館 「はちふくプラザ ねじょう」 多目的ホール
 青森県八戸市根城八丁目8-155
 電話 0178-47-1651


■ 入場  
大人 1500円 (当日 2000円)
子ども (小学生から大学生まで) 500円 (当日 1000円)
幼児 無料


■ お問い合せ ・ ご予約  
Tel  0178-79-2712(ひかげ)
Email evahvill@yahoo.co.jp(ひかげ)


(メールでのお申し込みの場合、こちらからのメールが届くよう、恐れ入りますが、迷惑メールフィルターを解除をお願いします)


※ ご予約はお電話、Emailにて承ります。また下記口座へのお振込み確認を持って完了とさせていただきます。全席自由席。


【 ゆうちょ銀行 】 
記号 18460 番号 24379701 大きな桜の木の下で


12時より1時間の物語・演劇ワークショップを公演会場にて言語造形講師・諏訪耕志と共にいたします(別途参加費 2000円)。どうぞ奮ってのご参加、お待ちしております。


主催: アントロポゾフィーハウス青森
協賛: 大きな桜の木の下で  精巧堂出版


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2022年11月25日

偏差値のために学ぶんじゃない






学ぶといふことの、まことの意味。

それは、わたしが、わたしになりゆくといふこと。

そのために、最も必要なことが、敬ひをこころのまんなかに据ゑるといふこと。


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こころのこよみ(第32週) 〜世の力の源は決して枯れない〜



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林武「花」



わたしは稔りゆく己れの力を感じる。
 
その力は強められたわたしを世に委ねる。
 
わたしのわたしたるところを力強く感じる、
 
明るみへと向かふべく、
 
生きることの仕合はせが織りなされる中で。
 
 
  
 
Ich fühle fruchtend eigne Kraft
Sich stärkend mich der Welt verleihn;      
Mein Eigenwesen fühl ich kraftend        
Zur Klarheit sich zu wenden             
Im Lebensschicksalsweben.              
 
 
 
 
この秋といふ季節に、稔りゆく<わたし>の力は、どこから得られるか。
 
 
わたしがわたしみづからを支へ引き上げていくための力は、どこから得られるか。
 
 
「稔りゆく己れの力」「強められたわたし」「わたしのわたしたるところ」
 
 
これらは、みな、己れから己れを解き放ち、己れの小なる力を諦め、大なるものに己れを委ね、任せられるとき、感じられるものではないだらうか。
 
 
大いなるもの、それを「世」と言ふのなら、世の力の源は決して枯れることがない。
 
 
その源から、<わたし>は常に力をiいただいてゐる。
 
 
その繋がりを信頼して、今日も仕事をしていかう。
 
 
今日といふ一日、明日、あさつて・・・「生きることの仕合はせ(運命)が織りなされる中で」何が待つてゐるのだらう。
 
 
小さなわたしがあれこれと采配していくのではなく、大いなるものがわたしの生を織りなしてくれてゐることへの信頼を育みつつ、勇気をもつて、今日も仕事をしていかう。
 
 
そのときこそ、「わたしのわたしたるところ」「強められたわたし」が、きつと顕れてくる。
 
 
今日も、ていねいに、牛のやうにひたすら押しながら、「明るみへと向かふべく」仕事をしていかう。
 
 
 
 
わたしは稔りゆく己れの力を感じる。
その力は強められたわたしを世に委ねる。
わたしのわたしたるところを力強く感じる、
明るみへと向かふべく、
生きることの仕合はせが織りなされる中で。
 
 


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2022年11月20日

ちょっと待つて その判断!






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2022年11月19日

死を念ふこととメディテーション






静かさ。そして、死。


それは、人を精神へといざなふ道なのです。


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2022年11月17日

こころのこよみ(第31週) 〜「事」と「言」と「心」〜



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本居宣長自画像



精神の深みからの光が、

まるで陽のやうに輝きだす。

それは生きる意欲の力になり、

そして、おぼろな感官に輝きいり、

力を解き放ち、

こころから創らうとする力を

人の仕事において、熟させる。


Das Licht aus Geistestiefen, 
Nach außen strebt es sonnenhaft.
Es wird zur Lebenswillenskraft
Und leuchtet in der Sinne Dumpfheit, 
Um Kräfte zu entbinden, 
Die Schaffensmächte aus Seelentrieben 
Im Menschenwerke reifen lassen.           



「精神の深みからの光が、まるで太陽のやうに輝きだす」


わたしたちは、陽の輝きには馴染みがある。


しかし、上の文を読んで、「まるで陽のやうに輝きだす 精神の深みからの光」をどう捉へていいものか、途方に暮れはしないだらうか。


この文、これらのことばの連なりから、どのやうなリアリティーを摑むことができるだらうか。


ことばのリアリティーを摑むために、何度もこころの内に唱へ、口ずさんでみると、どうだらうか。
 
 
水が集つて流れるやうに声に出すことを「詠む」といふさうだが(白川静『字訓』)、そのやうな活き活きとした息遣ひで味はつてみる。
 
 
また、その川底に光るひとつひとつの石を見るやうに、一音一音、味はふやうにしてみる。
 
 
そのやうにことばを味ひ、ことばの響きに耳を澄まさうとすることにより、こころの静けさとアクティビティーを通して、「精神の深みからの光」が、「事」として、だんだんと顕れてくる。
 
 
ここで言はれてゐる「事」と「言」が重なつてくる。
 
 
「考へる」が「感じる」とかさなつてくる。
 
 
また、過去に幾度か経験した「輝きだす」瞬間を想ひ起こし始める。
 
 
そのやうにして、リアリティーの糸口が見いだされてくるにつれて、いまこの瞬間において、「精神の深みからの光」が、こころに降りてくるのを感じ、覚える。
 
 
そのやうにして、「事(こと)」と「言(ことば)」と「心(こころ)」が、光の内に重なつてくる。
 
 
その重なりが、こころの内なる化学反応のやうに生じてくるのを待つ。
 
  

「精神の深みからの光」
 
 
その「光」こそが、「生きる意欲の力になり」、「こころから創ろうとする力を、人の仕事において熟させる」。
 
 
意欲をもつて生きるとは、どういふことなのか。自分の仕事において創造力が熟してくるとは、どういふことなのか。
 
 
まづ、内なる「光」といふもののリアリティーを得ることで、それらのことが分かる道が開けてくる。こころを暖め、熱くさせながら。
 
 
光だけを生きるのではなく、熱をもつて仕事に向かい始める。
 
 
「考へる」「感じる」が、さらに「欲する」とかさなつてくる。
 
 
「事」と「言」と「心」が、さらに幾重にもかさなつてくる。
 
 
今週、精神の光・考へる働きが、活き活きと感じる力となり、生きる意欲の力になり、仕事を熟させていく。
 
 
その「事」を、ことばとこころで辿つていかう。
 
 
 
 
 
精神の深みからの光が、
まるで太陽のやうに輝きだす。
それは生きる意欲の力になり、
そして、おぼろな感官に輝きいり、
力を解き放ち、
こころから創らうとする力を
人の仕事において、熟させる。
 



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2022年11月16日

自分を二人称で呼んでみる






自分自身の内において、探りつつ進んでゆくやうに、自問自答、自己対話を重ねる。

それは、わたしの内なる良心の育みでもあります。

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この書は、読み込むほどに、読む人の内において、そのまぎれなく考へることと芸術実践とがひとつに重なつてくる、自己教育・自己啓発の書です。


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【アントロポゾフィーハウス ことばの家 オンラインクラスのご案内】

【「いかにして人が高い世を知るにいたるか」クラス】

★2023年1月9日よりの
 新・月曜クラス(毎週) 20時〜21時

 木曜クラス(毎週) 20時〜21時
 日曜クラス(毎週) 20時〜21時

●ご参加費
体験単発参加  2000円
お月謝制(基本的に月に4回) 5000円


【「テオゾフィー 人と世を知るということ」クラス】

●開催日時
毎月二回 いずれも土曜日
(正確なスケジュールは、下記の「含まれるクラス」欄にてどうぞご確認ください)
午前10時〜12時

●ご参加費
体験単発参加  3500円
6回連続    18000円


※連続ご参加の場合、ご自身のご都合による欠席は講座費は払い戻しはいたしません。後日、録画した動画をご覧いただけます。

●お振込み先
// ゆうちょ銀行から //
記号 10260 番号 28889041
スワ チハル

// 他銀行から //
店名 〇ニ八(ゼロニハチ)
普通 2888904

参加費をお振り込みいただいた方に、zoomのIDとパスワードをお伝えします。


●お申し込み・お問い合わせ
アントロポゾフィーハウス ことばの家
https://kotobanoie.net/access/


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HP「アントロポゾフィーハウス ことばの家」
https://kotobanoie.net/
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諏訪耕志ブログ『断想・・アントロポゾフィーに学びつつ・・』
http://kotobanoie.seesaa.net/
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you tube channel「アントロポゾフィーハウス ことばの家」
チャンネル登録、どうぞよろしくお願ひします。
https://www.youtube.com/user/suwachimaru



2022年11月12日

仕事現場のためのバイブル「いかにして人が高い世を知るにいたるか」






シュタイナーによるまぎれなく考へること(メディテーション・瞑想)への導きの書、『いかにして人が高い世を知るにいたるか』。

この書は、読み込むほどに、読む人の内において、そのまぎれなく考へることと芸術実践とがひとつに重なつてくる、自己教育・自己啓発の書です。

2022年9月12日(月)、和歌山県岩出市にて行ひました「アントロポゾフィーハウス和歌山」での講座からご覧いただきます。


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★2023年1月9日よりの
 新・月曜クラス(毎週) 20時〜21時

 木曜クラス(毎週) 20時〜21時
 日曜クラス(毎週) 20時〜21時

●ご参加費
体験単発参加  2000円
お月謝制(基本的に月に4回) 5000円


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毎月二回 いずれも土曜日
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●ご参加費
体験単発参加  3500円
6回連続    18000円


※連続ご参加の場合、ご自身のご都合による欠席は講座費は払い戻しはいたしません。後日、録画した動画をご覧いただけます。

●お振込み先
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参加費をお振り込みいただいた方に、zoomのIDとパスワードをお伝えします。


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2022年11月09日

2023年1月からの新オンラインクラスのお知らせ 〜いかにして人が高い世を知るにいたるか〜






本当のことを知りたい、知りたい、と願つて、自然科学は精密機械といふ道具を産み出しました。


また、同じく、本当のことを知りたい、知りたい、と願つて、近代的学問は、いろいろな学問的理論・方法を編み出しました。


しかし、そのやうな精密機械や理論や方法をもつてではなく、我がこころといふ道具を磨き、鍛えてゆくことによつて、本当のこと「まこと」を知りゆく道があります。


その道は、アントロポゾフィーといふ精神の学から伝へられてゐるメディテーション(瞑想)とコンセントレーション(集中)の営みです。


クラスの一員となつて、互ひに語り合ひ、励まし合ひながら、こつこつと己れの精神への道をご一緒に歩いて行き、そのリアリティーを実感して行きませんか。


すでに他のクラスで学んでをられる何人かの方々が、この学びの手応へを語つて下さいました。(ありがたうございます😇😇😇)


アントロポゾフィーハウス ことばの家 諏訪耕志




2023年1月9日(月)を第一回目としまして、夜8時から9時までの毎週月曜日夜のクラスです。


●ご参加費
体験単発参加  2000円
お月謝制(基本的に月に4回) 5000円


●お振込み先
// ゆうちょ銀行から //
記号 10260 番号 28889041
スワ チハル

// 他銀行から //
店名 〇ニ八(ゼロニハチ)
普通 2888904

参加費をお振り込みいただいた方に、zoomのIDとパスワードをお伝えします。


※扱ふ書籍は、鈴木一博氏訳の『いかにして人が高い世を知るにいたるか』を用ゐます。恐れお入りますが、以下のサイトから、ご参加前にご購入をお願ひいたします。
精巧堂出版 https://www.seikodo-store.com/show1.php?show=b0007


●お申し込み・お問い合わせ
アントロポゾフィーハウス ことばの家
https://kotobanoie.net/access/




2022年11月06日

信州・安曇野 おぐらやま農場さんからの爽やかな風と水



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17歳の長女が、先月10月のまるまる一か月間、長野県の農場にお世話になつて、11月1日に大阪に帰つて来ました。

WWOOFといふ、有機農業を生業にされてゐる方々と、その農業を体験してみたい老若男女の人たちとを、お金を介在させることなく結びつけるシステムがあります(WWOOFへの登録に際しては年間あたりの登録費用がかかります)。そのシステムを通して、二つの農場にお世話になつてゐたのでした。

登録から連絡、何から何まですべて自分自身でし、バイトで貯めたお金ですべてやりくりして、彼女は旅立つて行き、そして帰つて来たのでした。

どちらの農場でも、娘にとつて、これから生きて行く上で、本当にかけがへのない貴重な時間を過ごさせてもらつたやうなのです。

夜行バスで朝、帰つて来たのですが、まるで、信州の爽やかな風と水が一気に我が家に流れ込んできたやうな彼女のありやうでした。

農業といふ土着の営みを通して、感じられるこころの健やかさと無私性。

そして、毎日毎晩のご家族の方々や各地からやつて来られてゐた多くのWWOOFERの方々との語らひを通して、人といふものの根源・愛に触れたやうな感覚を得たやうでした。

そのことを帰つて来てからの毎日の中で、彼女は語つてくれてやみません。その話を聴いてゐて、わたし自身もすがすがしい石清水が喉と胸を通り過ぎてゆくやうです。

その後、ふたつめのホストであるおぐらやま農場さんのおまかせセットを注文させていただき、それが届いた朝、早速、食させてもらひました。幾種類かのリンゴと和梨が届いたのですが、現地でみづからの手で収穫し、それを食させてもらつてゐた彼女は、そのお味を、超、超、激賞してゐたのでした。

一口、口に入れ、果実を噛むやいなや、何とも言へないみづみづしい甘みと高貴なと言つてもいいやうな香りが口蓋の中に一気に拡がるのです!

信州・安曇野でおぐらやま農場をされてゐる松村さんご家族。ご夫婦の発せられてゐるメッセージからも、お人柄の暖かさと明るさ、そしてこころざしの高さを読むことができます。WWOOFホストとしての経歴ももうすでに18年以上重ねてをられ、世界中から日本一多くのWWOOFERたちがやつて来られてゐるところです。それは、きつと、口コミで世界中にご家族の暖かさとすがすがしさが伝はつてゐるのでせう。

「おぐらやま農場」
ホームページ https://www.ogurayamashop.com/
facebook https://www.facebook.com/ogurayama
you tube channel https://www.youtube.com/.../UCQnxcEPPjCtSZ.../featured

混迷してゐる現代の日本の社会の中で、このやうな高くて深いこころざしと愛をもつて仕事をなされてゐる方々がをられることを知ることができたこと、これは、娘からもらつた最高の贈り物です。




posted by koji at 14:09 | 大阪 ☀ | Comment(0) | 断想 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2022年11月05日

こころのこよみ(第30週) 〜秋の喜び、垂直性〜



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こころの陽の光の中でわたしに生じる、
 
考へることの豊かな実り。
 
みづからを意識することの確かさにおいて、
 
すべての感じ方が変はる。
 
わたしは喜びに満ちて感覚することができる、
 
秋の精神の目覚めを。
 
「冬はわたしの内に、
 
こころの夏を目覚めさせるだらう」
 
 
 
Es sprießen mir im Seelensonnenlicht  
Des Denkens reife Früchte, 
In Selbstbewußtseins Sicherheit
Verwandelt alles Fühlen sich.
Empfinden kann ich freudevoll
Des Herbstes Geisterwachen:
Der Winter wird in mir
Den Seelensommer wecken.  
 
 
 
 
秋が深まつてきた。
 
 
それまでの曖昧で不安定だつた考へる力の焦点が定まつてきて、本当にこころから考へたいことを考へられるやうになつてくる。
 
 
考へたいことを考へる。
 
 
その内なる行為こそが、こころに陽の光をもたらす。
 
 
それは、わたしの場合、本当に喜ばしいことで、考へる力に濁りがなくなつてくると、感情も清明になり、意欲にも火がついてくるのだ。
 
 
そして、本、文章、テキスト、さらには、人とのいい出逢ひに恵まれるやうになつてくる。
 
 
生きることの意味。理想。希望。
 
 
それらの考へと情が、わたしにとつて何よりも気力と意欲、そして喜びを起こしてくれる。
 
 
そのことを実感できる日々はありがたいものだ。
 
 
見えるものについてただ無自覚に考へ、なんとなく思ひ続けてゐるよりも、見えないものへの信を深めるやうな、考へと情を育んでいくことが、どれだけ、こころを目覚めさせることだらう。
 
 
ものがただ並んでゐる平面を生きることよりも、ものといふものにおける垂直を生きること。
 
 
秋から冬への生活とは、そのやうな「ものへゆく道」「深みを見いだす生活」になりえる。
 
 
日々のアップ・アンド・ダウンはある。
 
 
しかし、週を経るごとに、こころが織り目正しく織りなされていく。
 
 
そして、「わたしがあること」の安らかさと確かさをもたらしてくれる。
 
 
ありがたいことだと思ふ。
 
 
 
 
こころの陽の光の中でわたしに生じる、
考へることの豊かな実り。
みづからを意識することの確かさにおいて、
すべての感じ方が変はる。
わたしは喜びに満ちて感覚することができる、
秋の精神の目覚めを。
「冬はわたしの内に、
こころの夏を目覚めさせるだらう」



posted by koji at 14:33 | 大阪 ☀ | Comment(0) | こころのこよみ(魂の暦) | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

読書の秋










秋も深まり、わたしたちはいよいよ読書から本物の糧、精神の実りを稼いでいく季節に生きてゐます。

三つ続けての読書に関する動画です。

ともに、本こそを読んで行きませう。

2022年10月31日

学びについての学び 〜小林秀雄『本居宣長』〜



CIMG5985 (1).JPG



何度目かの小林秀雄『本居宣長』の熟読。この本は、何度読んでも、わたしを魅了します。


「ものを学ぶ」といふことが、どれほど人間的な、全人的な行為であることか。


宣長は若い頃、地元の松坂を出て京都に留学し、契沖といふ人の書いた「百人一首改観抄」といふ本を見て、いつぺんに目を覚まします。


それは当時、江戸時代の中期ですが、四角四面のものになり過ぎてゐた学びといふもののあり方を根底から覆して、学びそのものを芸術行為となす、契沖の「大明眼」に驚いたからでした。


学びの仕方に決まりきつた方法などない。ただただ、対象に向き合ひ、それと付き合ひ続け、それへの共感を育て、その内部へと入り込み、それを愛し、それとひとつになること。それこそが学びといふものに他ならないといふこと。つまりは、「ものへゆくみち」を歩く以外にないのです。


わたしなどは、高校生ぐらゐの人たちと、例えば、この本を読むだけで一年間授業をしてみたいと夢見ます。


読むことによつて、まさに声に出して訓むことによつて、古語の内に入りゆく。いにしへの人のこころの内へと入りゆく。そこに聴こえて来る精神は、絵空事としての精神ではない、今と未来へと突き抜ける生きた精神だと直感する。


学びについての学び。


知的な学びの中にファンタジーが湧き上がつて来ます。


「源氏(物語)二カギラズ、スベテ歌書ヲ見ルニ、ソノ詞ヒトツヒトツ、ワガモノニセント思ヒテ見ルベシ、心ヲ用テ、モシ我物二ナル時ハ、歌ヲヨミ、文章ヲカク、ミナ古人トカハル事ナカルベシ」(あしわけをぶね)


契沖、宣長、小林秀雄といふ人を通して江戸時代から昭和の時代へと引き継がれた「ものへゆくみち」のリアリティーは、わたしはこれからの時代にも決して古びては行かないものだと感じてゐます。




posted by koji at 23:40 | 大阪 ☀ | Comment(0) | 読書ノート | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2022年10月29日

こころのこよみ(第29週) 〜コトバ第一ナリ〜



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Marina Fernandes Calache「詩」



みづから考へることの光を、

内において力強く灯す。

世の精神の力の源から、

意味深く示される数々の験し。

それらはいま、わたしへの夏の贈りもの、

秋の静けさ、そしてまた、冬の希み。


Sich selbst des Denkens Leuchten 
Im Innern kraftvoll zu entfachen, 
Erlebtes sinnvoll deutend
Aus Weltengeistes Kräftequell,
Ist mir nun Sommererbe,
Ist Herbstesruhe und auch Winterhoffnung.  



改めてこの夏を振り返つて、夏といふ季節からの贈り物は、何だらう、さう問ふてみる。


それは、「ことば」であつた。
 

「わたしはひとりである」といふ「ことば」だつた。


いま、秋になり、外なる静けさの中で、その「ことば」を活発に消化する時であることをわたしは感じてゐる。


そして、来たる冬において、その「ことば」は、血となり、肉となつて、生まれ出る。


夏に受けとられ、秋に消化された「ことば」が、冬には、「己れのことば」、「わたしの内なるひとり生みの子」、「わたしの仕事(ことに仕へる)」として、世へと発信される。


そんなクリスマスへの希みがある。


夏に贈られた「ことば」があるからこそ、この秋、その「ことば」を基点にして、自分の情を鎮めることができる。自分の考へを導いていくことができる。自分の意欲を強めていくことができる。そして、冬へと、クリスマスへと、備へるのだ。


メディテーションをする上にも、余計なことを考へないやうにするために、飛び回る鬼火のやうな考へや情を鎮めようとする。


しかし、いくら頑張つてみたところで、どうにも鎮まらない時がよくある。


そんな時、メディテーションのために与へられてゐる「ことば」に沿ひ、その「ことば」に考へを集中させていくと、だんだん、おのづと、静かで安らかなこころもちに至ることができる。


「ことば」を先にこころに据ゑるのだ。


その「ことば」に沿ふことによつて得られる感覚。


日本人においては、特に、万葉の歌を歌ふ頃から時代を経て、「古今和歌集」の頃もさらに経て、「新古今和歌集」が編まれた頃、その「ことば」の感覚が、意識的に、尖鋭的に、磨かれてゐたやうだ。


歌を詠むこと、詠歌において、「題」を先に出して、その「題」を基にして、まづ、こころを鎮め、こころを整へて、その後、歌を詠んだのである。


こころの想ふままに歌を歌へた時代は、だんだんと、過ぎ去つていつたのだ。


こころには、あまりにも、複雑なものが行き来してゐて、それが、必ずしも、歌を詠むに適した状態であるとは限らない。



ーーーーー


詠歌ノ第一義ハ、心ヲシヅメテ、妄念ヲヤムルニアリ

トカク歌ハ、心サハガシクテハ、ヨマレヌモノナリ

コトバ第一ナリ

(本居宣長『あしわけ小舟』より)


ーーーーーーー


「ことば」が、こころの内に据ゑられてあるからこそ、「ことば」といふ手がかりがあるからこそ、わたしたちはみづからのこころのありやうを、手の内に置くことができるやうになる。


わたしたち日本人は、長い時を経て、歌を詠むことを通して、「ことば」の世界に直接入り、「ことば」の力に預かりながら、己れのこころを整へ、情を晴らし、問ひを立て、明日を迎へるべく意欲をたぎらしてゐた。


秋になり、わたしたちは夏に贈られた「ことば」を通して、妄念を鎮め、こころを明らかにしていくことができる。さうして初めて、「みづから考へることの光を、内において力強く灯す」。


歌を何度も何度も口ずさむやうに、メディテーションを深めていくことが、来たる冬への備へになるだらう。



みづから考へることの光を、
内において力強く灯す。
世の精神の力の源から、
意味深く示される数々の験し。
それらはいま、わたしへの夏の贈りもの、
秋の静けさ、そしてまた、冬の希み。






posted by koji at 16:11 | 大阪 ☀ | Comment(0) | こころのこよみ(魂の暦) | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2022年10月27日

本当のことを知りたい!歴史・世界・人






わたしたち日本人は、自分の足元を見つめ、自分自身の基軸を立てずに、どのやうにして世界を広く見渡すことができませう。


足(土着性)と頭(普遍性)は、ひとりの人の内に分かたれつつも、繋がりあつてゐます。


わたしたち日本人は、明治維新以来、ヨーロッパとアメリカからの玉石混交の精神で頭を一杯にし過ぎて来ました。


これから、わたしたちには、自分自身の足元の日本といふ土中に埋められてしまつてゐるバラバラになつた何かのかけらをひとつひとつ拾ひ直し、繋ぎ合はせ、わたしたちの血と肉をそれらに再び通はせて行く仕事が待つてゐます。


その仕事こそが、欧米からやつて来た石ころからまことの玉を析出する判断基準ともなつてくれるでせうし、より本質的なこととして、わたしたち日本人の自己認識を促すことでせう。

2022年10月18日

こころのこよみ(第28週) 〜こころの陽の力〜



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棟方志功『R火頌(かぎろひしやう)』より
保田與重郎の和歌
「火の國の阿蘇の神山神の火の魂依りしづか燃えていませり」




わたしは、内において、新しく甦ることができる。
 
己れであることの拡がりを感じる。
 
そして、力に満ちた考への輝きが、
 
こころの陽の力から、
 
生きることの謎を解いてくれる。
 
いくつもの願ひを満たしてくれる。
 
これまで希みのつばさは、弱められてゐたのに。
 
 
 
Ich kann im Innern neu belebt          
Erfühlen eignen Wesens Weiten         
Und krafterfüllt Gedankenstrahlen        
Aus Seelensonnenmacht             
Den Lebensrätseln lösend spenden,        
Erfüllung manchem Wunsche leihen,       
Dem Hoffnung schon die Schwingen lähmte.   
 
 
 
わたしたちひとりひとりは、こころにおいて、アクティブになれる。
 

それは、影のやうな様々な死んだ考へを漠然と抱くのを止めて、積極的に、こころの熱くなるやうな考へをリアルに持つときだ。
 

自分自身が本当に考へたいことのみを考へるときだ。
 

そのとき、考へが、干からびた枠組みだけのものから、こころを熱く息づかせるいのちを持ち始め、こころは新しく甦る。
 

陽は夏の間、外側に照り輝いてゐたけれども、秋からは、こころの内に輝き始めることができる。
 

そして15世紀から始まつてゐる新しい時代において、人が抱く考へがどんどん干からびたものになつてきたのも、ちやんとした理由がある。
 

それは、わたしたちが生きてゐる20世紀から21世紀にかけて、その死んだ考へを、ひとりひとりが意識的に、アクティブに、こころの内でいのちあるものに変容させるためだ。
 

考へを活き活きとしたみづみづしいものに。
 

その変容は、秋といふ季節において起こり得ることであり、またわたしたちの時代において起こし得ることである。
 

「内において、新しく甦る」「己れであることの拡がり」「力に満ちた考への輝き」「こころの陽の力」
 

なんと、力強い、いのちのみづみづしさを湛えたことばたちだらう。
 

ことばを繰り返し繰り返し詠むことで、ことばに湛えられてゐるいのちを汲み出さう。
 

声に出すことで、考へを活き活きと深めていかう。
 

考へがいのちを得て、こころが熱く息づく。
 

こころに陽が輝き始める。
 
 

 
わたしは、内において、新しく甦ることができる。
己れであることの拡がりを感じる。
そして、力に満ちた考への輝きが、
こころの陽の力から、
生きることの謎を解いてくれる。
いくつもの願ひを満たしてくれる。
これまで希みのつばさは、弱められてゐたのに。
 



posted by koji at 21:27 | 大阪 ☀ | Comment(0) | こころのこよみ(魂の暦) | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

自分は何をすべきかと問はないでほしい






多くも多くの人が戸惑ひつつ佇んでゐます。

「わたしに向いてゐる仕事つて何だらう」
「わたしは何をするべきなのだらう」
「わたしには何ができるのだらう」
・・・。

現代においてこれらの問ひには、答へが出ません。

わたしたちは、まづ、何を問ふべきなのでせうか。






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2022年10月15日

己れの傲慢さに気づけた時



サムネイルの絵は、カスパー・ダーヴィト・フリードリッヒ『霧の海の上の放浪者』



密(ひめ)やかな学びを通して、己れのこころへの働きかけをすることによつて、初めて顕はになる己れの傲慢さ。

また、他者との葛藤を通して、初めて顕はになる己れの傲慢さ。

いずれも、痛みと苦しみを通して顕はれてくるものですが、だからこそ、わたしたちに明らかな目覚めをもたらしてくれます。


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2022年10月10日

こころのこよみ(第27週) 〜世を信頼する〜



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セザンヌ「庭師 ヴァリエ」



わたしといふものの深みへと進みゆくほどに、
 
予感に満ちた憧れが呼び起こされる。
 
わたしはわたしを見いだす、みづからを見てとりつつ、
 
夏の太陽から贈られた萌しとして。
 
秋の調べの中で熱く息づく、
 
こころの力として。
 
 
In meines Wesens Tiefen dringen:
Erregt ein ahnungsvolles Sehnen,      
Daß ich mich selbstbetrachtend finde,     
Als Sommersonnengabe, die als Keim
In Herbstesstimmung wärmend lebt    
Als meiner Seele Kräftetrieb.  
 
 
 
自然はリズムを刻んでゐる。
世はリズムを刻んでゐる。
 

わたしもリズムを刻んで生きていくことができる。
 

この『こころのこよみ』は、
そのことを助けるひとつの「道」だ。
 

道といふものは、
先人が歩んでくれたからこそ、いま、そこにある。
 

先人への信頼が、その道への信頼となり、
それが更に、
人といふもの、世といふものへの信頼へと育つてゆく。
 

このメディテーションの道を歩んでいくことで、
世のリズムと我がこころのリズムとを重ね合はせる練習ができる。
 

それは、大いなる世の生命と己れの生命とを
重ね合はせていく作業だ。
 

この『こころのこよみ』に沿つて、
夏から秋へと歩んでくると、
この秋から冬にかけて、
新しい「わたし」にきつと出逢ふといふ予感に満ちた憧れに満たされるのを感じる。
 

その新しいわたしは、熱く息づくこころの力として、
新しいアイデアと新しい意欲に通はれようとしてゐるのだ。
 

わたしは、何も力んで、何かをしようといふのではない。
 

世のリズムが、
わたしにその新しいわたしを授けてくれるのを、
待つことを習へばいい。
 

世を信頼するのだ。
 
 
 
 
わたしといふものの深みへと進みゆくほどに、
予感に満ちた憧れが呼び起こされる。
わたしはわたしを見いだす、みづからを見てとりつつ、
夏の太陽から贈られた萌しとして。
秋の調べの中で熱く息づく、
こころの力として。




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2022年10月07日

言語芸術としての国語教育 シュタイナー教育の観点から






全身に浴びるやうに言語の芸術である昔話を聴いたり、わらべ歌を共に歌つたりしたい、第一・七年期の幼い子どもたち。

そして、我が胸から言語を空中に解き放ち、空気の中に言語を造形するといふ密やかな憧れを持つて、胸をときめかせたがつてゐる、第二・七年期にゐる小学生たち。

ことばを造形したい、といふ憧れ。

実は、その憧れをすべての人が持つてゐるのです。

2022年9月27日(火)、青森県三沢市の中川塾にて行ひました「アントロポゾフィーハウス青森」での講座からご覧いただきます。

この講座の後のカレーライス、美味かつたなあ・・・☺️


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【アントロポゾフィーハウス ことばの家 オンラインクラスのご案内】


【「いかにして人が高い世を知るにいたるか」オンラインクラス】
●zoomによるオンラインクラス開催日時
木曜クラス(毎週) 20時〜21時
日曜クラス(毎週) 20時〜21時
●ご参加費
体験単発参加  2000円
お月謝制(基本的に月に4回) 5000円


【「テオゾフィー 人と世を知るということ」オンラインクラス】
●zoomによるオンラインクラス開催日時
毎月二回 いずれも土曜日
(正確なスケジュールは、下記の「含まれるクラス」欄にてどうぞご確認ください)
午前10時〜12時
●ご参加費
体験単発参加  3500円
6回連続    18000円


※連続ご参加の場合、ご自身のご都合による欠席は講座費は払い戻しはいたしません。後日、録画した動画をご覧いただけます。

●お振込み先
// ゆうちょ銀行から //
記号 10260 番号 28889041
スワ チハル

// 他銀行から //
店名 〇ニ八(ゼロニハチ)
普通 2888904

参加費をお振り込みいただいた方に、zoomのIDとパスワードをお伝えします。


●お申し込み・お問い合わせ
アントロポゾフィーハウス ことばの家
https://kotobanoie.net/access/


♾ ♾ ♾ ♾ ♾ ♾ ♾ ♾ ♾ ♾ ♾ ♾ ♾



HP「アントロポゾフィーハウス ことばの家」
https://kotobanoie.net/
.
諏訪耕志ブログ『断想・・アントロポゾフィーに学びつつ・・』
http://kotobanoie.seesaa.net/
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you tube channel「アントロポゾフィーハウス ことばの家」
チャンネル登録、どうぞよろしくお願ひします。
https://www.youtube.com/user/suwachimaru



2022年10月05日

ミカエルのお祭りの日に









わたしたちは、いま、本当に、目覚める必要があるのではないか、さう考へてゐます。


目覚めるといふことは、安楽なことでも、安易なことでもないですね。勤しみが要ります。


その勤しみのひとつに、アントロポゾフィーの学びと実行があります。


100年前からアントロポゾフィーは、ひとりひとりの人に、目覚めを促がすべく、その人のこころからの勤しみを呼び起こさうとしてゐます。


その営みは、今の多くの人が嫌ふところです。


睡眠薬のやうなことばが、逆に、好まれてゐます。


しかし、そのやうなこころの安楽椅子に座り続けてゐた時、誰が困るかと言へば、その人自身といふよりも、その人の、子や孫の世代なのです。


ある世代が眠りこけるやうな意識に覆はれると、次の世代や、次の次の世代が惨状を被るのです。


つまり、本当に考へるべきことを考へない時空間がある一定期間続くと、そこに、精神のブラックホールのやうなものが生まれ、その時空間に一気に悪がなだれ込み、何年か、もしくは何十年かして、その悪が現象化するのです。


そのことを世界の歴史が証してゐること、アントロポゾフィーからも学ぶことができます。


さて、眠りこけてゐるとは、どのやうな状態を指すのでせうか。一方、目覚めてゐるといふのは、どのやうな状態を指すのでせうか。


わたしたちは、そのことこそを、みづからで考へてみた方がいいやうに思ふのです。


秋の訪れ、それは、人の意識の目覚めを促がす季節の到来です。


いまが、そのときです。


秋のお祭り、ミカエルのお祭りにちなんで、アントロポゾフィーの精神の学の向きで、二回に亙つて語らせてもらつてゐます。


多くの方のこころに届くことを願ひます。わたしたちの子どもたちのためにです。




2022年10月04日

『ミカエルのお祭り』ルードルフ・シュタイナー



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我々、いまを生きる人

靈(ひ)の朝の呼び聲

ミカエルの朝の呼び聲を

ふさはしく聴き取りてしかり

靈(ひ)を知ること

そはこころに啓かむ

まことの朝の呼び聲への聴き耳を



posted by koji at 09:21 | 大阪 ☀ | Comment(0) | アントロポゾフィー | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2022年10月03日

10/14(金) アントロポゾフィーハウス 出会ひの会 第二回目のお知らせ!(参加費無料)



毎月、第二金曜日の午後7時から8時まで、zoomを使つて、「アントロポゾフィーハウス 出会ひの会」を持つてゐます。


それは、日本全国から、もしくは海外からでも、アントロポゾフィーに関心を寄せる人が、まづは、気軽に参加できることのできるオンライン上の場です。


今月は、10月14日(金)午後7時から8時まで、参加費は無料です(時間が延長することもあると思ひます)。


この「出会ひの会」によつて、アントロポゾフィーに出会ひ始めた多くの方が、アントロポゾフィーを学び、生き、アントロポゾフィーから仕事を産み出していかうとしてゐる人々との関はりを持ち始めるきつかけを産み出していくことができれば、さらには、アントロポゾフィーからの社会的な運動へと展開していく何らかの動きを産み出していくことができれば、との切なる念ひを持つてゐます。


この会では、参加して下さつた皆さんのこころとことばが花開くやうな時間になることを願つてゐます。つまり、皆さんからのアントロポゾフィーに対する積極的な思ひをことばにしていただけたらといふ願ひです。


そして、この「出会ひの会」は、アントロポゾフィーのそもそもの精神と現代の精神に鑑みて、公開のものとして、オープンなあり方を試みて行きたいと考へてゐます。


毎回の「出会ひの会」は、録画され、編集したうえで、何らかの形で you tube などを通して公開してまいります。


アントロポゾフィーを通して、世に健やかな発信をしていくことができればとの願ひからの企図です。


とは、言ひましても、肩ひじ張らず、等身大のことばを発し合ひ、聴き合ふ中で、互ひに学び合ふことができたら、いいですね。


新しくアントロポゾフィーやシュタイナー教育に出会はれてゐる方々との出会ひをこころから待ち望んでゐます。


お申し込みいただいた方に、zoomミーティングのIDとパスワードをお送りします。どうぞ、お気軽にお申し込みくださいね。


●お申し込み先  
ホームページ「アントロポゾフィーハウス ことばの家」 のアクセスページからメッセージをお送りください。


※お申し込みの際、簡単な自己紹介文をお書きいただければ、ありがたいです。そして、人数制限をしておりますので、お申込みいただいても、ご参加できないこともありますこと、どうぞご了承ください。


前回の第一回目の録画動画





posted by koji at 22:02 | 大阪 ☁ | Comment(0) | アントロポゾフィーハウス | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

平等に皆に嫌はれるやうにする?






オンラインクラス『いかにして人が高い世を知るにいたるか』クラスでの越中奉さんとの対話の様子です。

越中奉さん、どうもありがたうございました。


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【アントロポゾフィーハウス ことばの家 オンラインクラスのご案内】


【「いかにして人が高い世を知るにいたるか」オンラインクラス】
●zoomによるオンラインクラス開催日時
木曜クラス(毎週) 20時〜21時
日曜クラス(毎週) 20時〜21時
●ご参加費
体験単発参加  2000円
お月謝制(基本的に月に4回) 5000円


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(正確なスケジュールは、下記の「含まれるクラス」欄にてどうぞご確認ください)
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6回連続    18000円


※連続ご参加の場合、ご自身のご都合による欠席は講座費は払い戻しはいたしません。後日、録画した動画をご覧いただけます。

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2022年09月30日

こころのこよみ(第26週) 〜ミカエルの祭りの調べ〜



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ラファエロ「大天使ミカエルと竜」



自然、その母なるありやう、
 
わたしは、それを、意欲において担ふ。
 
そして、わたしの意欲の火の力、
 
それが、わたしの精神の萌しのかずかずを鍛へる。
 
その萌しのかずかずが、みづからの情を生む、
 
わたしをわたしにおいて担ふべく。   
 
  
 
Natur, dein mütterliches Sein,
Ich trage es in meinem Willenswesen;      
Und meines Willens Feuermacht,         
Sie stählet meines Geistes Triebe,         
Daß sie gebären Selbstgefühl           
Zu tragen mich in mir.             
 
 
 
 
先週の『こころのこよみ』で、「内なるこころの光と熱。これほど、頼りになるものがあるだらうか。」と書いた。
 

この頼りになるものを、わたしたちひとりひとりの人にもたらさうとしてくれてゐる精神存在がゐる。さうシュタイナーは語つてゐる。
 

大いなる精神存在、ミカエル。
 

この存在は、どのやうにして、この時期に、わたしたちのこころとからだに働きかけて下さつてゐるのだらうか。
 

今週の『こよみ』を読んでみる。口ずさんでみる。
 

息遣ひも活き活きと、声を解き放ちながら唱へてみる。何度もこころとからだで味わつてみる。意欲をもつて、ことばとつきあつてみる。
 

さうすると、普段以上の意欲をもつてしなければ、何も感じられないことに気づく。
 

そして、積極的にことばを唱へるほどに、こころへと立ち上つてくる意欲といふ熱があればこそ、我がこころとからだが活き活きとしてくるのを感じる。
 

我がからだもこころも、「自然」の内のひとつである。


その熱をもつてこそ、最も近く親しい「自然」を担つてゐると感じることができる。
 

意欲とは、わたしのからだへと、こころへと、下から、足元から、立ち上がつてくる熱である。それは熱心さであり、こころざしの顕れである。
 

その「意欲の火の力」があつてこそ、その火を、わたしが、燃やすからこそ、わたしのからだとこころに、上から、天から、降り注いでくる「考へ・想ひ・こころざし・精神の萌しのかずかず」である光がだんだんと暖められ、鍛へられる。
 

わたしたちは、この時期、上からの光(考へ)と、下からの熱(意欲)とを、織りなしあはせる。その織りなしあひが、こころに「みづからの情」を生む。
 

その情とは、「わたしは、わたしだ」「わたしは、ひとりだ」といふこころの真ん中に生まれる情だ。


その情をもつて、わたしといふ「ひとりの人」は活き活きと甦つてくる。


恐れや不安や物思ひなどを凌いで、「ひとりの人」としてこの世に立ち、目の前にあることにこころから向かつていくことができる。


光としての考へが、こころを暖め熱くするものへと練られ、実行可能なものへと鍛へられていく。
 
 
 
 
そのやうに、自分のこころとからだで、『こころのこよみ』のことばをひとつひとつ味はつていくと、シュタイナーが多くの著書や講演で語つた精神存在を、リアルに親しく感じることができる通路が開かれていくし、さうしていくことによつて、実人生を安らかに確かに積極的に歩んでいくことができると実感する。
 
 
 
これからの秋から冬にかけて、外なる闇と寒さがだんだんと深まつてくる。そしてややもすれば、闇と冷たさがこころにまで侵蝕してくる。
 

そんな時に、内なるこころの光と熱を、ひとりひとりの人がみづからの力で稼ぐことができるやうにと、共に一生懸命働いて下さつてゐるのが、ミカエルだ。
 

一方、闇と寒さを人にもたらす者、それがミカエルの当面の相手、アーリマンだ。
 

人を闇と寒さの中に封じ込めようとしてゐるそのアーリマンの力の中に、剣の力をもつて、鉄の力をもつて、切り込み、光と熱を人のこころにもたらす助けを、秋から冬の間にし、毎年毎年、ひとりひとりの人が、キリスト・イエスが生まれるクリスマスを、こころに清く備へ、整へるのを助けて下さるのが、ミカエルだ。
 

シュタイナーは『こころのこよみ』を通して、ことばの精神の力を四季の巡る世に打ち樹てようとした。
 

祝祭を、世における大いなる時のしるしとして、ひとりひとりの人がみづからのこころにおいて新しく意識的に創つていくことができるやうにと、『こころのこよみ』を書いた。
 

キリスト者共同体司祭であつたミヒャエル・デーブス氏が語つたこととして、以下のことばがある。


♾ ♾ ♾ ♾ ♾ ♾ ♾ ♾ ♾ ♾ ♾ ♾ ♾


大天使ミヒャエルといふ大いなる方が、精神の世から、すべてのイニシアティブを持つ人に力を贈り始めたのは、1879年だつた。その年、シュタイナーは18歳で、「人における知ることの秘密(認識論)」に取り組み始めた。


そして、33年経た1912年に、シュタイナーはアントロポゾフィー協会を立ち上げ、この『こころのこよみ』を世に贈り出した。


33年といふ時間は、イエスがこの世にフィジカルなからだを持つて存在した時間であり、その誕生から十字架の死を経て、甦るまでに要した時間だ。


シュタイナーは語つたといふ。「いま、起こつてゐることは、ひとつのクリスマスのありやうだ。これから33年後に、その甦りの祭り、復活祭がやつて来るだらう」と。


精神のことがらが、地上において成就するには、その仕事が着手されてから33年かかるのだ。


(ミヒャエル・デーブス『魂の暦について』からの要約)


♾ ♾ ♾ ♾ ♾ ♾ ♾ ♾ ♾ ♾ ♾ ♾ ♾


このシュタイナーによる『こころのこよみ』とは、大天使ミカエルとの共同作業によるひとつの結実と言へるかもしれない。


『アントロポゾフィーのこころのこよみ』。


「こよみ」とは、事(こと)をよむことであり、言(ことば)をよむことであり、心(こころ)をよむことである。
 

意識的に四季を生きること。四季を『こころのこよみ』とともに生きること。それは、地球をも含みこむ大いなる世(宇宙)と共に、精神的に生きるといふ新しい生き方を、わたしたちが摑む手立てになつてくれるだらう。


また、みづからの狭い枠を乗り越えて、こころの安らかさと確かさと積極さを取り戻す手立てにもなつてくれるだらう。
 
 
 
 
自然、その母なるありやう、
わたしは、それを、意欲において担ふ。
そして、わたしの意欲の火の力、
それが、わたしの精神の萌しのかずかずを鍛へる。
その萌しのかずかずが、みづからの情を生む、
わたしをわたしにおいて担ふべく。




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こころのこよみ(第25週) 〜仕事の季節〜



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ルオー「《受難》1 受難」1935年



わたしはいま、わたしを取り戻し、
 
そして、輝きつつ、内なる光が拡がりゆく、
 
空間と時の闇の中へと。
 
眠りへと自然がせきたてられるとき、
 
こころの深みはきつと目覚めてゐる。
 
そして、目覚めつつ、太陽の熱を担ひゆく、
 
寒い冬のさなかへと。
 
  
 
Ich darf nun mir gehören          
Und leuchtend breiten Innenlicht          
In Raumes- und in Zeitenfinsternis.   
Zum Schlafe drängt natürlich Wesen,        
Der Seele Tiefen sollen wachen           
Und wachend tragen Sonnengluten      
In kalte Winterfluten.   
 
  
 
 
陽の光と熱を浴びながら歩き回る夏の彷徨が終はつて、静かに立ち止まり、内なるこころの光と熱を生きていく秋が始まつてゐる。
 

内なるこころの光と熱によつて、こころが目覚めてゐるといふこと。


「わたしがわたしである」ことに目覚めてゐるといふこと。
 

そして、こころが生きる情熱を感じてゐるといふこと。
 

これほど、頼りになるものがあるだらうか。
 

これがあれば、秋から冬にかけて、たとへ外の世が生命力を失つていき、枯れていつても、内なるこころは、きつと、「ひとりのわたし」として、活き活きと目覚めてゐることができる。
 

夏にいただいた太陽の光と熱の大いなる働きを、内なるこころの光と熱としていく。
 

そして、来たる冬の寒さのさなかへと意欲的にそのこころの光と熱を注ぎ込んでいくことができる。
 

光と熱。
 

それはいまやわたしのこころの内から発しようとしてゐる。
 

そしてこれからやつてくる冬の闇と寒さとのコントラストを際立たせようとしてゐる。
 

太陽の光と熱と共にあの夏をからだ一杯で生きたからこそ、この秋があるのだ。そして、この秋が、冬へと引き続いていく。
 

そのやうな季節のつながり、くりなし、なりかはりをていねいに、確かに、感じること。それが、内なるこころのつながり、くりなし、なりかはりをも自覚することへと繋がつていく。
 

四季を生きること、一年のいのちを生きることが、みづからを知ることへとわたしを導いていく。
 

この『こころのこよみ』に沿ひつつ、四季それぞれに息づいてゐる「ことば」を聴く。
 

ならば、それらの「ことば」が、生命ある連続としてこころにしずしずと流れてくる。
 

夏、外なる光と熱の中にわたしは溶け込み、ある意味、わたしはわたしを見失つてゐた。
 

秋、わたしはわたしを取り戻し、萌してゐた希みが羽を拡げようとしてゐる。
 

さあ、これからが、稔りの季節、粛々とした仕事の季節だ。
 
 
 
  
わたしはいま、わたしを取り戻し、
そして、輝きつつ、内なる光が拡がりゆく、
空間と時の闇の中へと。
眠りへと自然がせきたてられるとき、
こころの深みはきつと目覚めてゐる。
そして、目覚めつつ、太陽の熱を担ひゆく、
寒い冬のさなかへと。



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こころのこよみ(第24週) 〜生産的であるもののみがまことである〜



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みづからを絶えず創り上げつつ、

こころは己れのありやうに気づく。

世の精神、それは勤しみ続ける。

みづからを知ることにおいて新しく甦り、

そしてこころの闇から汲み上げる、

己れであることの意欲の稔りを。
 


Sich selbst erschaffend stets,         
Wird Seelensein sich selbst gewahr;      
Der Weltengeist, er strebet fort        
In Selbsterkenntnis neu belebt        
Und schafft aus Seelenfinsternis       
Des Selbstsinns Willensfrucht.     



創る人は幸ひだ。生み出す人は幸ひだ。育てる人は幸ひだ。
 

金と引き換へにものを買ひ続け、サービスを消費し続ける現代人特有の生活のありやうから、一歩でも踏み出せたら、その人は幸ひだ。


その一歩は、料理を作ることや、手紙や日記を書いてみることや、花に水をやることや、ゴミを拾ふことや、そんなほんの小さな行ひからでもいいかもしれない。


この手と脚を動かし、世と触れ合ふ。


そのやうな行為によつてこそ、みづからを創り上げることができ、その行為からこそ、こころは己れのありやうに気づく。


そして、「世の精神」。
 

それは、一刻も休まず、勤しみ、生み出してゐるからこそ、「世の精神」であり、だからこそ、太陽や月は周期を持ち、四季は巡る。


「世の精神」はそのやうにして絶えず勤しみながら、人に働きかけ、また人からの働きかけを受けて、絶えず己れを知りゆかうとしてゐる。


「世の精神」みづからが、人との交流を通して、己れを知らうとしてゐる。「世の精神」は、人の働きを待つてゐる。


そして更に「世の精神」は、人といふものにみづからを捧げようとし、人といふものから愛を受け取ることを通して、より確かに己れといふものを知りゆき、己れを知れば知るほど、そのつど新たに新たに「世の精神」は甦る。


同じく、わたしたち人は、そんな「世の精神」に倣ひつつ、地球上のものといふものに働きかけ、ものを愛し、ものに通じていくことをもつて、みづからを新たに新たに知りつつ、たとへ、肉体は年老いても、そのつどそのつどこころは甦り、精神的に若返ることができる。


「世の精神」には、人が必要であり、人には「世の精神」が必要なのだ。


我が国、江戸時代中期を生きた稀代の国学者、本居宣長(1730-1801)も、そして、ゲーテ(1749-1832)といふ人も、その「世の精神」に倣ひ続け、「ものにゆく道」を歩き通した人であり、両人の残された仕事の跡を顧みれば、晩年に至るまでのその若々しい生産力・創造力に驚かされる。


シュタイナーは、そのゲーテのありかたをかう言ひ当ててゐる。


ーーーーー


ゲーテは、ひとたび、こんな意味深いことばを語りました。

「生産的であるもののみが、まことである」

それは、かういふことです。
 
人は、きつと、みづからを、まことの有するところとなします。
 
そして、まことは働きかけます。
 
そして、人が生きて歩むとき、まことは、まことであることの証を、生産的であることを通して見いだします。

これが、彼にとつて、まことの試金石でした。

すなはち、生産的であるもののみが、まことです。

(1908年10月22日 於ベルリン 講演「ゲーテの密やかなしるし」より)


ーーーーー


秋には、「己れの力」が「意欲の稔り」として発露してくる。


創ること、生み出すこと、育てることなどの行為は、わたしたち人にこころの確かさ、安らかさ、活発さを取り戻させてくれる。


そして、行為し、ものと交はり、人と交はる時に、各々人は初めて、己れのこころの闇に直面する。壁に突き当たる。


しかしながら、その己れの闇を認め、赦すことからこそ、「わたしはある」「わたしはわたしである」といふ、こころの真ん中の礎である情に目覚め、己れであることの意欲の稔りを、汲み上げていく。


「ものにゆくこと」「生産的・創造的であること」、それがまことへの道だ。

 
 
みづからを絶えず創り上げつつ、
こころは己れのありやうに気づく。
世の精神、それは勤しみ続ける。
みづからを知ることにおいて新しく甦り、
そしてこころの闇から汲み上げる、
己れであることの意欲の稔りを。



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2022年09月29日

理想をことばに鋳直すお祭り ミカエルのお祭り



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秋の祭りである、ミカエルのお祭り。


それは、夏の間、高く大いなる世に拡がつてゐたわたしたちのこころと精神が、冬のクリスマスに向けて、再び、わたしたちのからだへと戻りくることを、強く、確かに、促すためのお祭りです。


だからこそ、この秋のお祭りを創ることによつて、人は、自分自身の本当の理想やまことの考へをふさはしく、精神の鉄の剣をもつて「ことば」にする力、「ことば」に鋳直す力を得ることができるのです。


言語の理想主義。


それは、わたしたちのこころを健やかに甦らせてくれます。


アントロポゾフィーから、そのやうな精神のお祭りを創つてゆく。


それは、アントロポゾフィー運動のひとつの仕事なのです。




posted by koji at 18:37 | 大阪 ☁ | Comment(0) | アントロポゾフィーハウス | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

ミカエルの日 オンラインクラスのご案内



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今日、9月29日は、西の国々で祝はれてゐる「ミカエルの祭り」の日です。


目覚めることの意味を確かめる祭りの日です。


そんな今日の夜、ルードルフ・シュタイナーの『いかにして人が高い世を知るにいたるか』のオンラインクラスをいたします。


今日といふ日を機会に、この目覚めへの自己教育の集ひに加わつてみませんか。


20時から21時までの一時間、毎週木曜日のクラスです。


このミカエルの日に、新しく、自己教育の道を歩み始めて行きませう。


今日は、その祝ひの日に適ふやうな時間にしたいと考へてゐます。



【「いかにして人が高い世を知るにいたるか」オンラインクラス】

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午前10時〜12時

●ご参加費
体験単発参加  3500円
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2022年09月28日

いまといふ時代



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ルードルフ・シュタイナーは、1916年に、こんな発言をしてゐます。「21世紀の初めに、今はまだ述べることができないやうな形で、悪が現れるでせう」


そして、オランダのアントロポゾーフであつたベルナード・リーヴァフッドが1992年、死の一か月前に語つたことばにも驚かされます。


「この戦ひが最もひどくなるのは、2020年から2040年あたりに来るといふのがわたしの予測です。そのときに、悪魔の奈落が開くでせう。ナチスやボルシェビズム(共産主義的全体主義)はこれと比べれば青ざめてしまふでせう。その時、何百万もの人々が奈落に突き落とされるでせう。しかし、何百万もの人々が抵抗するでせう」(『魂の救済』より)


いま、まさに、そんな時代に突入してゐる。


いま、現実化してゐるのは、多くの愚行が多数派によつて常識とされ、健全な考へを持つ人が変人扱ひされようとしてゐる状況です。


恐怖を与へることによつて大衆をコントロールする全体主義の跋扈が、だんだんと始まつてゐます。これは、確かに、ナチズムよりも、ボルシェビズムよりも、巧妙で恐ろしいものです。


なぜなら、この大衆洗脳を意図するプロパガンダによつて、人は、権力に圧迫されなくても、自分自身から愚行に走るからです。


他人を守る、他人に迷惑を掛けないといふ、美辞麗句の裏では、恐怖がその人のこころを支配し、その恐怖から他人に指図しようとしてゐます。


恐怖といふ網が、人のこころを覆ひ尽くし、社会まるごとをがんじがらめにしてしまつてゐます。


きつと、その影響でせう、若い人の自死が、わたしの周りでさへも、聴かれるやうになつて来てしまひました。


人々をこころの檻の中にがんじがらめにするために、実は、国際資本主義者たちと国際共産主義者たちはひとつに繋がつてゐる。


マスコミやアカデミズムや政府からの声明によつて、表舞台では対立してゐるやうに見えるのですが。


と言ふよりも、どちらも、共通の巨大な経済の力でいいやうに動かされてゐて、その力が全世界を一元化して支配しようとしてゐる。


裏側でうごめいてゐたその悪魔的な動きがはつきりと表面化しだしたのは、コロナパンデミックが始まつた2020年からではないでせうか。


それは、ずつと以前から周到に用意されてきたことだつたことを、わたしは知ることができました。その、「ずつと以前」が、どの位の「以前」なのかを、たとへば、林千勝氏やその他の方々の書物を通しても知ることができました。


いま、まさに、ひとりひとりの人に問はれてゐるのは、「人にとつては物質的生命がすべてであるとする唯物主義」か「生命と同じほど、いや、それよりも大切なものとしてのこころと精神の価値を認める見識と覚悟」か、どちらを選ぶのかといふことです。


わたしも、その意識を持つて、今を生きてゐます。この危機感からアントロポゾフィーハウスを始めてゐます。


この21世紀の今、アントロポゾフィーが必要だと強く感じてゐます。


アントロポゾフィー運動において、わたしたちは小さなグループをいくつも作り、恐怖から自由になり、この時代を生き抜いて行く叡智と勇気を各々ひとりひとりの胸の内に育んでゆくのです。


最後にふたたび、先に書いた、国際資本主義者と国際共産主義者とをひとつに繋げてゐる者たちについて語つてゐる1908年のシュタイナーのことばに帰ります。


「ロスチャイルド家の四人の人物がフランクフルトから世界各地に移住した時のことをお話ししなければなりません。サロモン・ロスチャイルドはウィーンへ、ナータン・ロスチャイルドはロンドンへ、カール・ロスチャイルドはナポリへ、ヤコブ・ロスチャイルドはパリへ移りました。そして、銀行といふものが、彼らの天分によつて、エゴイスティックなものになつてしまつたのです。人といふものが、金銭のために売り渡されてしまつたのです。・・・人であることを無力にする力がすでに蔓延つてゐます。かうして、世界をよく観ると、いかに人といふ人が、いま、唯物主義の深淵に向かつて突き落とされようとしてゐるかが見えてきます。しかし、人であることが救はれえます。ふたたび、精神の世に昇りゆくことができます。内なるこころの力を強めることを通して、人といふものをよそにした資本の力から自由になることを学びつつ、人は救はれるのです」(『ヨハネ黙示録』より)





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2022年09月26日

運命の呼びかけに応じるのか、どうか






ここで語られてゐる「仕合はせ」といふことばは、往々、「運命・カルマ」と呼ばれるものです。人みづからがしたこと(仕事)が、後の人生において、みづからに合はさつて来ることを言ふ、古い日本語です。

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2022年09月24日

天井の上には光り輝く部屋が拡がつてゐる






想ひ患ふことから、考へることへの、シフトチェンジ。

それは、わたしたちが「ひと」になりゆくための、たいせつな技量。


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2022年09月22日

骨に立ち返る



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どんなに不精な人でも、実は、日がな一日、ずつと、手足をぶらぶらさせて生きてゐます。つまり、常に、動いてゐます。からだは、ずつと、動いてゐるのです。


そして、こころも、常に動いてゐます。それは、気持ちの揺れ動き、浮き沈み、こころ変はり、といふやうに言ひ表されますが、現代人であるわたしたちに最も特徴的なのは、常に、考へてゐるといふことです。


しかも、その考へられてゐる考へが、次から次へと、とめどもなく、移り変はつてゆくこと。さらには、その考へが、その人みづからが考へたいことではなく、何か外からの働きかけを受けて、考へさせられてゐることによるものだといふことです。


考へたいことを考へてゐるのではなく、考へさせられてゐるのです。


その考への生には、自由といふものがありません。


その考への生には、精神といふものがありません。


わたしたちは、立ち止まる必要があります。


さう、からだは、常に動きの中にあります。


しかし、こころこそ、自由になるために、立ち止まる必要があります。


こころが立ち止まればこそ、そこに精神・靈(ひ)が現れます。宿ります。留まります。


精神・靈(ひ)は、外からの影響がすべて鎮まつたこころのしづかさの中に現れます。


精神・靈(ひ)は、時間の外に現れます。


こころが、時間の流れから出ることができた時に現れるもの、それが、精神・靈(ひ)です。


こころを止むことのない動きから解放し、しづかさの中へといざなふためには、意識的に、からだの動きをも、ゆつくりとさせる、もしくは、止める、といふことが有効だと感じてゐます。


さらには、こころのしづかさへと至るために、からだの中の骨を意識するといふことがとても有効です。


からだの内なる骨の存在を意識するのです。


からだを動かす時にも、筋肉で動かず、骨を動かす、骨が体の動きを導く、そんな感覚です。


骨は、からだの内で、死んでゐます。


生きてゐるこのからだの内側にあるのにもかかはらず、死が司つてゐる場所なのです。


死んでゐるからこそ、そこに、精神・靈(ひ)が通ひます。


そのやうな骨を意識し始めると、こころに、しづかさが、しづしづと、流れ始め、拡がり始めます。


そのとき、こころはしづまり、安らかさ、穏やかさに立ち戻り、外からの桎梏から解き放たれる自由を生き始めることができます。


しづかさの中で、本当に、わたしが考へたいことを考へる。


その時、人は、自由です。


ミカエルの秋(とき)に向けて、そんなことを念ひます。




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2022年09月19日

母なるいのちの源からの力



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絵は安田育代氏



子どもがこの世に生まれて来て、初めて地上で触れる芸術。


それが、お母さんの声、お母さんのことばですよね。


声といふ芸術は、母なる生命の源から流れ來る、命の川の流れにも似た、人生の始まりを支えるものです。


それゆゑでせうか、人生の終はりにおいても、その源へ帰るといふ情から、戦争などで死んでゆく若者などは、「おかあさあん!」と絶叫すると聞きます。


いのちの流れ、それはエーテルの流れです。


息遣ひに裏打ちされた声とことばは、エーテルの流れに沿つて、人から人へと働きかけ、空間を満たさうとします。


親からことばをかけてもらふことが、幼い子どもにとつて、どれほど欠かせないことか。


子どもに食べ物さへ与へれば、からだは大きくさせて行くことができるかもしれません。


しかし、その子にことばがかけられなければ、その子は、生命力を育むことができないのです。


生命力。生きて行くための力。根源の力。母なるいのちの源からの力。


それは、子どもの傍にゐる、大人からのことば遣ひ、息遣ひによつて、子どもに与へられるのです。


言語造形は、そのことをリアルに感覚するための絶好の芸術です。


幼い子どもたちへのことば。


そんなことばの芸術、「言語造形」の発表会を、青森・三沢にて11月26日(土)に、和歌山・岩出にて12月18日(日)に、行ひます。





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2022年09月18日

目覚めよ



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甲山(かぶとやま)が後ろに控えるわたしが卒業した関西学院大学



昨夜も、とても嬉しいことに、娘たちとたつぷりと話しを交はすことができました。


何気なく話し始めるところから、やがて深い語り合ひにおのづと入つて行く中で、十代の若い人たちが、また、ご縁のある方々が、学ぶ喜びを自分自身で呼び覚まして行く。


それは、ひとりの親としても、また我が仕事としても、コツコツとなして行きたい仕事です。


わたし自身の十代後半の想ひ出として、お恥ずかしいことながらいまだ夢見心地の意識でありましたが、ひたすらに大学といふところへの期待がありました。


はつきりと意識されてはゐなかつたのですが、わたしには、学ぶといふことへの強い強い憧れがありました。それは、すなはち、「人といふもの」を知ることへの強い憧れでした。


だからこそ、人を求めてゐました。


客観的な科学などではなく、学問に、芸術に、仕事に、精魂込めて生きてゐる「人」を求めてゐました。


客観的な、冷たいものではなく、こころからの暖かさに触れたかつたのです。


しかし、大学で、人を見いだすことはできませんでした。


そこには、教室がありました。図書館がありました。研究所もありました。事務所もありました。しかし、「人」はゐませんでした。


別のたとへになりますが、子どもも、若者も、自分たちだけでは、いくら大自然のもとにゐようとも、その自然から何も学ぶことはできません。自然について生きた語りをする大人が、どうしても要るのです。


同じく、文化の営みに入つて行きたい若者も、その文化の営みを生きてゐる大人がそばにゐる必要があるのです。


そして、さらに大切なことは、学び手である若者に、「うやまひ」と「へりくだり」の情が内に育まれてゐてこそ、初めて彼は「人」に出会ふことができるといふことです。


客観的な科学を第一の主要課題とする現代の教育機関では誰も教へてくれないことです。


そのやうな客観的な科学に押しのけられて、ほんものの智慧(この「智」といふ漢字は、「とも」とも読みます)は泣いてゐる。まさに100年前、そんなことをルードルフ・シュタイナーは語つてゐます。


「わたしの名は、客観的な科学の前では名のることを許されてゐない。わたしは、フィロソフィー、ソフィア、智慧である。わたしは、愛といふ恥ずべき名と、その名によつて含まれてゐるものを持つてゐる。そして、それは、人のこころの奥深くの愛と関はりがある。わたしは、人前には出られない。どうしても顔を伏せて歩いてしまふ。「客観的な科学」は、「フィロ(愛)」を含まないことを誇りにしてゐる。さうして、そもそもの「ソフィア(智)」を失つてゐる。しかし、それでも、わたしは歩んで行く。そもそも、わたしは、なほ、人であることの気高い情を内に担つてゐる」(1922年10月4日 シュテュットガルト 「青年のための教育講座」から)


若い人たちは、まどろんでゐます。しかし、そのまどろみをみづから引き裂いて、目覚めたいと切に求めてゐます。


しかし、その求めに応へるには、わたしたち大人こそが、まどろみをみづから切り裂き、目覚めなければなりません。


フィロソフィー(愛智)に出会ふこと。


フィロソフィー(愛智)を生きる人に出会ふこと。


そのやうな仕事を始めて行く必要が、あるやうに思はれてなりません。


そのためには、まづ、わたし自身が、目覚めてゐる必要があります。








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2022年09月17日

敬ふ人(敬ふ精神)がこころにある、といふこと



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わたしのこころの内には、何人かの精神の巨人が、ありありと生きてゐるがごとく、ずつと存在してゐます。


それは、20世紀初頭に中部ヨーロッパで生き、働いたルードルフ・シュタイナーであり、また、この日本の昭和時代を生き抜いた小林秀雄、保田與重郎、三島由紀夫といふ方々です。そして、現存されてゐる方で、執行草舟氏が古典的な精神の人としてわたしの内に存在してゐます。


ルードルフ・シュタイナーは、ひたすらに、ヨーロッパの精神をふさはしい方向へと導くべく黙々と仕事を積み重ねた人であり、人々がまことのキリストのこころざし(Christ Impuls)に目覚めるためのことばを倦まず弛まず語り続けて死んで行つた人だとわたしには思へます。


小林、保田、三島、それらの方々は皆、日本の精神を日本の精神として打ち樹てるべく黙々と仕事をし、人々がまさに日本古来の神ながらの精神にふたたび目覚めるべくことばを倦まず弛まず語り続けた方々であり、そして今も、執行氏はひとりその仕事に邁進してをられます。


西と東において、文化に大きな違ひがありますが、わたしの内においては同じ響きを強く確かに奏でる方々なのです。


それは、人が、精神といふもの、神々しいものを意識に目覚めさせ、その上で、みづからの足で立つこと、自立すること、自主独立すること、人として自由になりゆくこととはどういふことかを、真摯に考へ続け、それを己が身において実行し続けた人である、そんな歌を生涯を賭けて、片やドイツ語で、片や日本語で歌ひ上げた(歌ひ上げてゐる)方々なのです。


キリストのこころざし(Christ Impuls)。


神(かむ)ながらの道。


それらは思念で重ね合はせるものではなく、我が人生においてこそ、その重なりを自得してゆくものである。


それらが重ね合はされるのを待ちつつ稼ぐことが、我が生涯の仕事であります。


だから、毎日、その方々の全集を読み続けることが、我が日々の仕事です。


それは、わたしにとつては、そこに山があるから登る、といふ、登山家にとつての当然の行為の対象であり、また、垂涎の的でもある山に向かふがごとき行為なのです。


敬ふ人(敬ふ精神)がこころにある、といふことは、まこと、幸せなことだと思ひます。




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2022年09月15日

こころのこよみ(第23週) 〜霧のとばり〜



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秋めいて和らぐ、

感官へのそそり。

光の顕れに混じる、

ぼんやりとした霧のとばり。

わたしはみづから観る、場の拡がりに、

秋、そして冬の眠り。

夏はわたしに、

みづからを捧げてくれた。



Es dampfet herbstlich sich            
Der Sinne Reizesstreben;            
In Lichtesoffenbarung mischen          
Der Nebel dumpfe Schleier sich.         
Ich selber schau in Raumesweiten         
Des Herbstes Winterschlaf.           
Der Sommer hat an mich            
Sich selber hingegeben.       



ゆつくりと和らいでくる陽の光。


それとともに、感官へのそそりも和らいでくる。


そして、秋が日一日と深まりゆくにつれて、過ぎ去つた夏と、これからやつてくる冬とのあひだに、立ちかかるかのやうな、霧のとばり、「秋霧」。


その「とばり」によつて、戸の向かう側とこちら側にわたしたちは改めてこころを向けることができる。


戸の向かう側において、過ぎ去つた夏における世の大いなる働きの残照をわたしたちは憶ひ起こす。


夏における外なる世の輝き。


そして夏における内なるこころの闇。


その外と内のありやうを憶ひ起こす。


そして、戸のこちら側において、だんだんと深まつてくる秋における生命の衰へと、来たるべき冬における生命の死とを、わたしたちは予感する。


これからの冬における外なる世の闇。


そしてクリスマスに向かふ内なるこころの輝き。


その外と内のありやうを予感する。


夏を憶ひ起こすことと、冬を予感すること。


こころのアクティブな働きをもつて、その間に、わたしたちは、いま、立つことができる。


さうすることで、きつと、こころが和らげられ、静かでありながらも、意欲を滾らせてゆくことができる。



秋めいて、和らぐ、
感官へのそそり。
光の顕れに混じる、
ぼんやりとした霧のとばり。
わたしはみづから観る、場の拡がりに、
秋、そして冬の眠り。
夏はわたしに、
みづからを捧げてくれた。




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2022年09月14日

人生は、いつでも、これからだ



年齢が幾つになつても、自分自身を成長させて行くことができれば、と念ひます。


だけれども、ややもすると、「変はりゆくんだ」といふ気持ちを忘れてしまひ、「このままでいい」「変はりたくない」「余計なことはしたくない」「わたしには関係ない」といふやうな思ひに、わたしも支配され、外の動きに対してオープンではなくなつてしまふことがあります。


だからこそ、そんな「変はりたくない」といふ怠惰な自分に向かつてやつて来る仕合はせ(運命・カルマ)は、わたしの眠気まなこを目覚めさせてくれるのです。


その仕合はせは、他者からある仕事を依頼されるといふやうな形でわたしを訪れることがよくあるのです。


その外からのわたしへの働きかけに対して、先ほど書いたやうに、自分の怠惰なこころもちから、なかなか気が乗らなかつたり、苦手意識が首をもたげて来たりして、その働きかけに即座に応じることができなかつたりします。


でも、そんなことが起こるたびごとに感じることですが、「えいやっ」と気持ちを引き締めて、その頼まれた仕事に自分自身からアクティブに取り組みだすと、必ず、その仕事は今の自分自身にとつて必要であり、とても有益なものであること、そして己れの成長に実は欠かせないものであつたことに気づかされるのです。必ず、です。


精神の学、アントロポゾフィーに学ぶことは、数限りなくありますが、この、仕事への取り組み方、もつと言へば、仕合はせ(我が運命)への向き合ひ方を習得させてもらふことこそが、わたしにとつて本当にたいせつで、ありがたいものかもしれません。


なぜなら、その練習によつて、わたしは、ますます<わたし>になりゆくことができるからなのです。


わたしと精神・靈(ひ)を繋げることができるからなのです。


結果的に、わたしは人様との関係を信頼に満ちたものへと深めゆくことができる。


そのことは、明らかに、わたし自身、この人生において、最も求めてゐるものであります。


だからこそ、そんな練習に沿へなかつた幾つかの経験を苦く想ひ起こします。ご迷惑をかけてしまつた幾人もの方、ごめんなさい。


人生は、これからだ、と思つてゐます。




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2022年09月13日

何十年か後に分かる〈考へ〉






人は、ある成熟を経たときにこそ、分かるものがある。

そのとき、分かる〈考へ〉。

そこに向かつて、人と人とが語り合へたら・・・。


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2022年09月11日

いかにして人は学びにどつぷり浸れる場を創るにいたるか 〜日本におけるこれからのアントロポゾフィー運動〜



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先日の「出会ひの会」においても、「アントロポゾフィーの学びにどつぷりと浸れる場がどんどん無くなつて来てゐる」といふ話に深く聴き入りました。


ヨーロッパやアメリカなどにおいても、その傾向はどんどん進んで来てしまつてゐるといふことでした。


ましてや、アントロポゾフィーといふ百年以上前に中部ヨーロッパで生まれた精神の学を、日本語で、日本の文化において捉え直し、日本の土着性の中で根付かせて行かうとしてゐるわたしたち日本人にとつて、そのやうな環境はあるのでせうか、ないのでせうか。


わたし個人の中では、それは「あつた」と言へます。しかし、いまは、「ない」としか言へません。


事実として、約30年前の1993年から、東京都新宿区高田馬場にあつた「日本ルドルフ・シュタイナーハウス」において、わたしは毎日、言語造形といふ芸術実践に就くことができ、アントロポゾフィーといふ精神の学にどつぷりと浸ることができました。


そこには、七年間、通つたのでした。


1980年代に盛んにスイスやドイツに留学した、わたしよりもひとつ前の世代と言つてもいい方々が日本において学びの場を生み、育てて下さつたお陰と言へます。


さう、そのときは、人から人への生きた受け伝へがありました。まるで、江戸の幕末から明治維新後の私塾のやうな形でした。


厳しい指導でした。しかし、間違ひなく、そこには愛があり、涙があり、汗があり、何よりも、掛けに掛けた時間の蓄積がありました。


人が成長するための学びにおいて必要なものとは何でせう。


それは、必要であるならば必要なだけ、時間を掛けることです。はしょらないことです。いいとこ取りしないことです。安全地帯から飛び出して、学びに没頭する一定の時間を持つことです。


さうして、初めて、人は、己れといふものに信頼を持つことができ、少々のことがあつても挫けずに、学びの道を歩き続ける強さが血と肉となつて身につきます。


だからこそ、その学びが、その人の仕事へと転化されてゆきます。一人前の仕事となるべく、仕事も、その人も、共に成長して行きます。


アントロポゾフィーは、ひとりひとりの人の「仕事」になつてしかるべきものなのです。その人の「人生そのもの」「生きることそのこと」になつてしかるべきものなのです。


そのためには、どつぷりと学びに浸る時間の蓄積が、どうしても要る。


さう思はずにはゐられないのですが、そのやうな志は、精神からしか出て来ません。


経済のことや他のしがらみなどのことを考へてゐては、全くもつて、そのやうな精神からの発意は死んでしまひます。


萌してきた精神の発意を殺さずに、発芽させ、成長させていくことを専一に考へ、実行して行きさへすれば、経済的なことやその他のことなどは、後からついて来ます。


わたしのこれからの仕事は、リアルな場とオンラインでの場とを連携させながら、アントロポゾフィーと芸術実践に没頭できる場づくりであり、そのためには、いま一度、わたしみづからが、経済的なことやその他のことなどを措いて、我が精神の発意の芽を伸ばしていくことなんだとこころに決めてゐます。


このままだと、いくらインターネット技術が便利になり、栄へようとも、日本においては、アントロポゾフィーを仕事にする人はゐなくなり、必然的に、アントロポゾフィーといふ精神運動は絶えます。


しかし、ひとりの人からの発意が、何かと結ばれて、日本のこれからのアントロポゾフィー運動のひとつとして、きつと、なりなりてなりゆくのです。



アントロポゾフィーハウス 諏訪耕志

posted by koji at 13:45 | 大阪 ☀ | Comment(0) | アントロポゾフィーハウス | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2022年09月10日

同時代を生きてゐる〜「アントロポゾフィーハウス 出会ひの会 第一回目」〜






昨日の第一回目「アントロポゾフィーハウス 出会ひの会」にお集まりくださつた皆さん、本当にありがたうございました。


真摯に、熱く、アントロポゾフィーについて語り合へる、あのやうな場が生まれたのは、ひとへに、ご参加くださつた皆さんのお陰です。


ある人から問ひが発せられ、問はれた人はその問ひを元手に、考へ、そして、その考へをことばにしてみる。


その姿は、美しい。そのやりとりは、自由が息づく空間が拡がつてゆくやうな感覚を感じます。


そして、第一回目を終へ、わたしがとりわけ強く感じましたのは、「わたしたちは、いま、同時代を生きてゐる」といふ情と感覚でした。


何がどうなるか全く分からないこの世において、それでも、わたしたちは踏ん張つてこの人生を生き抜いて行く、その心根と目覚めた意識を持つ人が、アントロポゾフィーの生成に情熱と希望を抱いて、この同じ時代を共に生きてゐる。


この出会ひの会は、はじめてアントロポゾフィーに触れ始めた人が、そのやうな「アントロポゾフィーを生きる」人に出会ふ場でありたいと思ひます。


この会が、アントロポゾフィーといふ「人を知る」学びへの入り口、入門の場になることができれば、とも希つてゐます。


そして、昨日の会でも話題に上つた、「アントロポゾフィーの職能への道」に着手する糸口を探る場に成長していくことができれば、といふ志が、わたしの内に、脈打つてゐます。


アントロポゾフィーには、教育、農業、医学、芸術などの様々な領域があります。


それらすべての実践活動には、すべて、密(ひめ)やかな学び、こころの育みが裏打ちされてゐます。


アントロポゾフィーのその様々な領域に関心を寄せる、様々な人が自由に集まることができる、そんな場にしていきたいと考へてゐます。


そして、この時代を生き抜いていく、暖かく豊かでしなやかな意識を、共に、強め合ひませう。


次回、第二回目は、第二金曜日、10月14日、夜の7時から8時までの予定です(時間が延長することもあると思ひます)。


●お申し込み先  
「アントロポゾフィーハウス ことばの家」ホームページのアクセスページからメッセージをお送りください。


※初めてのお申し込みの際、簡単な自己紹介文をお書きいただければ、ありがたいです。そして、人数制限をしておりますので、お申込みいただいても、ご参加できないこともありますこと、どうぞご了承ください。




posted by koji at 18:33 | 大阪 ☀ | Comment(0) | アントロポゾフィーハウス | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2022年09月07日

地道な練習 情を鍛える芸術実践とメディテーション






アントロポゾフィーにおける二つの実践的な柱、芸術実践とメディテーションは、共に、人のこころの営みを精神へと育みます。

とりわけ、情の営みを精神の境へと拡げ、養ひます。

その情の営みは、こころの世において、精神の世において、フォルムを描きます。

そのフォルムをありありと観つつ、生きることへと意識を啓きゆくこと。

そのことの地道な練習の繰り返しが、だんだんと、こころをからだから自由に羽ばたかせていくことへと結びついてゆきます。

こころが、からだを土台としながらも、からだから離れうる、それは、自由なる精神への羽ばたきなのです。



2022年09月06日

こころのこよみ(第21週) 〜問ひを立てる力〜



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わたしはこれまでにない稔りの力を感じる。
 
それはしつかりとわたしにわたしみづからを与へてくれる。
 
わたしは感覚する、萌しが熟し、
 
そして予感が光に満ちて織りなすのを。
 
内において、己れの力として。
 
          
 
Ich fuhle fruchtend fremde Macht      
Sich starkend mir mich selbst verleihn,    
Den Keim empfind ich reifend        
Und Ahnung lichtvoll weben         
Im Innern an der Selbstheit Macht.     
 
 
 
 
「これまでにない稔りの力」とは。
 

それは、夏、こころにおいて稼がれた、新しい感じ方、考へ方、ものの捉へ方を、その後何度も繰り返し自分自身に引き続き、問ふて、問ふて、問ひ続けることから生まれる力のことである。
 

夏は、豊かな自然の輝きが人に語りかけてくるときであつたし、人と人とが出会ひ、交はる季節だつた。
 

しかし、そのやうに外の世が輝いてゐるとき、人と人とが交はる、そんなときこそ、みづからが孤独であることに思はず出くはしてしまふこともあるのではないだらうか。
 

みづからが孤独であることに出くはして、初めて人は孤独であることの意味を見いださうと葛藤し始める。
 

そして葛藤するといふことは、「わたしは、いつたい、どのやうに生きていきたいのか」といふ問ひをみづからに問ふといふことでもある。
 

みづからに問ひ続ける。そして答へを探し求める。
 

その自問自答の繰り返しが、何を育てるか。
 

己れみづからに問ひを立てる力を育てるのだ。
 

その「問ひを立てる力」が、「わたしみづからの力」「己れの力」としての「稔りの力」をわたしにもたらしてくれる。
 

ふさはしく問ひを立てることこそが、手前勝手な答へを作りだして満足することへと自分を導くのではなく、精神といふ高い次元に耳を澄ませる力になりゆくからだ。
 

そして、己れが生まれ変はることへの予感が、ゆつくりと、こころの内に光に満ちて織りなしていく。
 

それは、秋といふ季節ならではのこころの織りなしである。
 

そのやうにして、秋とは内なる意識が明るんでいく季節だ。
 

意識が明るむ、とは何とありがたく、幸ひなことだらう。
 
 
 
 
わたしはこれまでにない稔りの力を感じる。 
それはしつかりとわたしにわたしみづからを与へてくれる。 
わたしは感覚する、萌しが熟し、 
そして予感が光に満ちて織りなされるのを。 
内において、己れの力として。
 

posted by koji at 23:23 | 大阪 ☔ | Comment(0) | こころのこよみ(魂の暦) | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2022年09月04日

新しく創つてゆく力






考へることによつて、頭でっかちになるだけでなく、心配性や不安やネガティブな思ひに自分自身が巻き込まれてしまふことがあります。

しかし、ルードルフ・シュタイナーは、それは、考へる働きの誤用によるものだと告げてくれてゐます。

考へる力によつて健やかに、創造的になるやうに。

そのために、密(ひめ)やかな学びがあります。


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【アントロポゾフィーハウス ことばの家 オンラインクラスのご案内】


【「いかにして人が高い世を知るにいたるか」オンラインクラス】
●zoomによるオンラインクラス開催日時
木曜クラス(毎週) 20時〜21時
日曜クラス(毎週) 20時〜21時
●ご参加費
体験単発参加  2000円
お月謝制(基本的に月に4回) 5000円


【「テオゾフィー 人と世を知るということ」オンラインクラス】
●zoomによるオンラインクラス開催日時
毎月二回 いずれも土曜日
(正確なスケジュールは、下記の「含まれるクラス」欄にてどうぞご確認ください)
午前10時〜12時
●ご参加費
体験単発参加  3500円
6回連続    18000円


※連続ご参加の場合、ご自身のご都合による欠席は講座費は払い戻しはいたしません。後日、録画した動画をご覧いただけます。

●お振込み先
// ゆうちょ銀行から //
記号 10260 番号 28889041
スワ チハル

// 他銀行から //
店名 〇ニ八(ゼロニハチ)
普通 2888904

参加費をお振り込みいただいた方に、zoomのIDとパスワードをお伝えします。


●お申し込み・お問い合わせ
アントロポゾフィーハウス ことばの家
https://kotobanoie.net/access/


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HP「アントロポゾフィーハウス ことばの家」
https://kotobanoie.net/
.
諏訪耕志ブログ『断想・・アントロポゾフィーに学びつつ・・』
http://kotobanoie.seesaa.net/
.
you tube channel「アントロポゾフィーハウス ことばの家」
チャンネル登録、どうぞよろしくお願ひします。
https://www.youtube.com/user/suwachimaru

2022年09月03日

『これからの28年』から一年が経ちました



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下の文章を書いてから今日で丁度一年が経ち、改めて念ひます。この一年、わたしにとつて経なければならない紆余曲折、我が穢れを祓ひ落とす禊ぎのやうな出来事を経た後、新しい方々との出会ひ、新しい仕事、新しい人生が、まこと、ありがたくも、始まつてゐます。今年に入つて冬から春へ、そして夏、そして秋へと向かはうとしてゐる今、出航し始めたばかりのこの人生の新しい大海原はどこまで遠くへ広がつてゆくのか見当がつかないのですが、自分自身のオールを握つて、航路を渡つてゆくのだといふこころもちを授かつてゐます。本当に、ありがたいことです。それは、この旅が、多くも多くの方々(生きてゐる人、亡くなつてしまつた人、人以上の方々)に守られ、支へられ、導かれてゐることを感じるからです。
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『これからの28年』


健やかに生きて行くこと。


「あなたが生きて行く上での目標は」などと、たとへば、街頭アンケートで問はれたら、わたしは、たぶん、そのやうな答へをすると思ひます。


からだにおいて健やかであることもさうですが、とりわけ、こころにおいて健やかであることです。


しかし、健やかに生きて行くこと、それは、並大抵のことではありませんよね。


人生の複雑怪奇さに通暁して行くためには、何かが必要だと感じます。


そして、探します。


そして、前の人生からのご縁で、その何かに出会ひます。


様々なものと人に出会ふことができましたが、わたしにとつて決定的だつたのは、ルドルフ・シュタイナーのアントロポゾフィーとの出会ひでした。28歳の時でした。


そして、いま、56歳です。


この28年間、わたしは、アントロポゾフィーといふ海の中に飛び込み、泳ぎ続けて来ました。


その海は、ルドルフ・シュタイナーといふひとりの人の「行ひ」と「ことば」と「考へ」から、生きて織りなされてゐます。


そして、すぐに気づかされることなのですが、それらの織りなしは、個人性を超えて、深く、深く、世と人類の始原、天地の初発(あめつちのはじめ)に届くものでした。


とにもかくにも、わたしは、その海を泳ぎ続けて来たのです。


そのやうな海の深さがあるのにも関わらず、わたしは水面近くをアップアップしながらの格好のよくない泳ぎ方でしたが、それでも、泳ぎ続けては来ました。


そして、56歳のいま、もし許されるなら、かすかすながらもこの海を泳いできた力をもつて、のちの人とのちの世に少しでも資する仕事をさせてもらひたい。


世と人が健やかになりうるやうな、アントロポゾフィーからの仕事をさせてもらひたい。


さう、こころに決めてゐます。


何ができるのか、本当に未知ではあります。しかし、これまでにして来たことの先に道は長く果てしなく延びてゐます。


アントロポゾフィーといふ精神の学の根源と言つてもいい、「ことばの教育・ことばの芸術」を礎(いしづえ)にした「子どもたちの教育、若者たちの教育、人の教育」を織りなす社(やしろ)造り。


それが、全く新しく、友と力を合はせながら織りなして行きたい仕事です。


たくさんの方々に教へを乞ひながら、これまで海を泳いで来た自身の力を注ぎ込みつつ、友と協力し合つて、やつて行きたい。


これからの28年をもつてです(😆)!




posted by koji at 09:00 | 大阪 ☁ | Comment(0) | 断想 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする