2018年11月14日

言語造形公演『山月記』の準備の喜び 〜クラリネットとの協演〜

 
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粛々と公演『山月記』の準備を進めてゐます。
 
これが本当に楽しい作業なのです。
 
クラリネットを奏でる小西さんと色々と語り合ひながら、作品と音楽を深めていく。
 
作曲家・松村禎三の曲想を具現化する彼のクラリネットの響きが、もう素晴らしく、「山月記」の世界をぐうんと拡げ深めてくれます。
 
その響きに応じて、言語造形もより湾曲に富んだ、鋭角を増した響きへと、磨いていくことができます。
 
どこかの能楽堂で、実演できないだらうか。
 
そんな強度を持つ作品になります。
 
ぜひ、どうぞ、新しい「山月記」の世界に、ご一緒に入り込んでいきませんか。
 
目で本を読むだけでは得られない新たな想ひを共に分かち合ひませう。
 
  
 
 

『大阪(11/30)・名張(12/1) 言語造形公演「山月記」』
 https://kotobanoie.net/play/
 

●出演: 
言語造形 諏訪耕志 
     諏訪千晴 
クラリネット演奏 小西収 
 
 
 
●大阪公演
 
日時: 平成30年11月30日(金)
17時30分開場 18時開演 20時終演予定
 
場所: 大阪市阿倍野区民センター 集会室1
https://abeno-cc.net/facilities/access_map
 
 
 
●三重公演
 
日時: 平成30年12月1日(土)
15時開場 15時半開演 17時半終演予定
 
場所: 桔梗が丘市民センター 会議室202
https://map.goo.ne.jp/place/24003181284/map/
 
 
 
参加費: ご予約 3000円 当日 3500円
 
 
お問い合わせ・お申し込み(事前お振込制):
以下のページから「ことばの家 諏訪」へご一報の上、ゆうちょ銀行へのお振り込みをお願いいたします。
https://kotobanoie.net/access/
 
◎ゆうちょ銀行から  
 記号 10260 番号 28889041 
 諏訪 千晴(スワ チハル)
 
◎他銀行から
 店名 〇ニ八(ゼロニハチ) 
 普通 2888904
 
  
 
 

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大阪・名張 言語造形公演『山月記』
11月30日(金)・12月1日(土)
https://kotobanoie.net/play/
 
ーーーーーーーーーーーー
ことばの家 クリスマス公演・キリスト生誕劇2018
2018年12月25日(火)17時開演
於 大阪市立阿倍野区民センター小ホール
https://www.facebook.com/events/894100854122598/
 
ーーーーーーーーーーーー
親子演劇塾「ことばの泉」キリスト生誕劇
2018年12月28日(金)13時開演
於 和歌の浦アート・キューブ
https://www.facebook.com/events/2147958465524679/
 
ーーーーーーーーーーーー
2019年1月開校
『言語造形と演劇芸術のための学校』
https://kotobanoie.net/school/



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2018年11月13日

水がすうつと流れる


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稽古場で、稽古そのものがいのちを得ていく瞬間があります。
 
声を出してゐる人と、声に耳を傾けてゐる人と、空間とが、共に動き出して、各々の息遣ひが噛み合つてくる瞬間です。
 
むかし、稽古場によく出入りする我が家の娘が幼いとき、こんなことを言ひました。
 
「練習してゐる人の声を聞いてるとね、からだのなかに、水がすうつと流れるの」
 
昨日の稽古でも、生徒さんの語りを聴いてゐて、わたしのからだの中を「水がすうつと流れ」ていくのをまざまざと感じました。
 
それは、生徒さんが受け身でなく、課題に挑む準備を積極的にして、その場に立つてゐたからでせう。
 
基本的に、学びといふものは、独学に尽きるのです。
 
理路整然とした理論や、整つたカリキュラムや、周りのよき環境などを求めてゐるとき、たいがい、人は、怠惰な精神しかもつてゐないやうです。
 
教へてもらふのではなく、自分から掴み取つてゆくぞ、といふ気概と精神が、本当にたいせつです。
 
何はなくとも、まづからだを動かして、汗を流さうとする人と人からは、爽やかな精神の息吹きが生まれ、笑顔が生まれる。
 
言語造形に勤しむ皆さんに本当に感謝です。
 

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2018年11月12日

和歌の浦アートキューブ キリスト生誕劇(12/28)


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親子えんげき塾 ことばの泉によるキリスト生誕劇が、今年の暮れ12月28日(金)お昼の13時から和歌の浦アートキューブにて演じられます。
 
メンバーは、ひとりの中学一年生を除いて、全員お母さんたちです。
 
この劇に取り組み始めて約七、八か月の間に、彼女たちの外側にではなく、各々の内側にそれぞれの役の人物が息づき始めてゐて、その人物が演じてゐるその人に内側から語りかけてくる、ものを言ひだす、そんな時を迎えてゐるやうです。
 
わたしとの稽古だけでなく、自主的に何度もメンバーたちは集まり自主練習を積んでゐます。
 
和歌山北部といふこの地域に、この生誕劇が毎年恒例の祝祭として根付いていくこと。
 
さういふ志も彼女たちの内側に生まれて来てゐます。
 
一年の終わりに、新しい年を迎えるためにも、新しい精神のいのちの誕生を祝ふべく、クリスマス本来の静かな時を過ごすこと。
 
そんな芸術的・宗教的な集ひになります。
 
どうぞ、お子様とご一緒に足をお運びください。
 
 
フェイスブックのイヴェントページはこちら↓
https://www.facebook.com/events/2147958465524679/
 
 
 
「親子えんげき塾ことばの泉」の志が述べられた文章を紹介させてください。
 
 
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『親子えんげき塾のはじまり』

私たちは、こどもたちに、「ことば」を大切に自分の中から生み出して欲しいと願います。
 
そして、その自分の「ことば」を大切に相手に伝えていく力をつけてほしいと思います。
 
しかし、言語造形を通して、こどもたちに何かさせてあげたいと思ったとき、誰かに子どもたちに、習いごとのように、「ことば」のすばらしさを教えてもらえばよいのではなかったのだと気付きました。
 
まずは、私たち大人が「ことば」と真剣に向き合うこと。
 
大人になった私たちが、もう一度「ことば」と出会うことで、世界はまた開きます。
 
「ことば」と向き合う。それは、私自身と向き合うことでもあります。他者と向き合うことでもあります。
 
「ことば」は呼吸とともにあります。
 
私たちが生きることとともにあります。
 
こどもたちに何か伝えられることがあるとすれば、私たち、ただのお母さんが演劇に取り組むことを心に決めて、熱心にことばと向き合う姿、仲間と演劇を創っていく姿をみせることしかありません。
 
そして、演劇に取り組んでいく中で、自分自身の「ことば」を全身で放つとき、わたしは「生きている」と実感するのです。
 
仲間とともに演じるとき、相手の呼吸を、あたたかさを感じ、この世界を信頼することができるのです。
 
2018年はキリスト生誕劇に挑戦します。
 
わたしたち演劇初心者のお母ちゃんたちが、自分の内側も含めてどのように変わっていくのか、ここで伝えていけたらと思います。
 
1年の終わりに、わたしたちが取り組む芸術のお披露目を
たくさんの方に観ていただけますように。

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2018年11月11日

『ことばの家 諏訪』での言語造形クラスのご案内 


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今日は、朝から夕方まで、「ことばの家 諏訪」のアトリエで、ずつと言語造形の教室が続く。
 
昨日も、一昨日も、その前も、ずつと一日中、言語造形を生徒の皆さんとしてゐる。
 
いまも、生徒さんたちがアトリエに来る前に、小4の娘が練習をしてゐる声が聴こえて来る。
 
こんな風にして、毎日がことばの芸術と共に進んで行くのは、ありがたく、仕合はせなことだ。
 
 
 

大阪の住吉・帝塚山にある「ことばの家 諏訪」 は、言語造形といふことばの芸術に勤しむための、アトリエであり、稽古場であり、公演のための舞台でもあります。
 
毎月、このアトリエに定期的に通はれ、言語造形といふ芸術に触れていくことで、自分自身とことばとの関係には、本当に深くて、多面的な側面があることに気づくことができます。
 
ことばと楽しく、かつ、真摯に取り組んでみたい方、ぜひ、一度、お足を運んでみてください。
 
言語造形といふ芸術が、ことばを空間に造形していく芸術であると同時に、自分自身といふ人を造形していくものであること。
 
共にゆつくりと味わつていきませんか。
 
月に二回の日曜クラスと、一回の水曜クラスを開いてゐます。https://kotobanoie.net/spra/
 
一度、体験にお越し下さい。
 
 
講師:諏訪耕志 https://kotobanoie.net/profile/#suwakoji
 

 
 
【日曜 帝塚山クラス(月2回)】
 
●日時  毎月第2・第4日曜日
      10:00 – 12:30
●参加費 体験 4000円 
     6回連続 21,000円
 
 
 

【水曜 帝塚山クラス (月1回)】
 
●日時  毎月第2水曜日
     10:00 – 12:30
●参加費 体験 4000円 
     12回連続 42,000円
 
 
 
いずれも会場は、「ことばの家 諏訪」
https://kotobanoie.net/access/
 
 
●お申し込み・お問ひ合はせ
「ことばの家 諏訪」https://kotobanoie.net/access/
 
 
 
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大阪・名張 言語造形公演『山月記』
11月30日(金)・12月1日(土)
https://kotobanoie.net/play/
 
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ことばの家 クリスマス公演・キリスト生誕劇2018
2018年12月25日(火)17時開演
於 大阪市立阿倍野区民センター小ホール
https://www.facebook.com/events/894100854122598/
 
ーーーーーーーーーーーー
親子演劇塾「ことばの泉」キリスト生誕劇
2018年12月28日(金)13時開演
於 和歌の浦アート・キューブ
https://www.facebook.com/events/2147958465524679/
 
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2019年1月開校
『言語造形と演劇芸術のための学校』
https://kotobanoie.net/school/

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2018年11月09日

Mitteの庭 アントロポゾフィー読書会「両親の問診時間」


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和歌山北部、岩出市内でのアントロポゾフィー講義(毎月第一水曜日・午前)のお知らせです。
 
ひとりの「大人」として、まつすぐ立つてゐること。
 
これは、楽なことではありませんね。
 
立ち続けるには、何を拠りどころにしたらいいのだらう。
 
そこを考へていく。
 
考へて、今日から、そのことを確かめるべく、家庭で、職場で試していく。
 
試しては失敗して、失敗しては試して、気づきを深めていく。
 
この学びは、そんなことの連続です。
 

初めての方でも、どうぞお気軽にご参加ください。
 
新しく自分のこころを組み立て、足場を固めていくべく、ともに、アントロポゾフィーの学びを始めていきませんか。

 

 
日時:次回 2018年12月5日(水)
   10:00〜12:00すぎ
 
テーマ:「理想主義 自己教育の問いとして」
 
場所:和歌山県岩出市根来 (個人宅のため申し込まれた方に直接お知らせいたします)
 
参加費は、ご連絡を下さった方にお知らせしています。
 
講師:諏訪耕志
 
お申し込みは、mitteno20@gmail.com
または、Facebookメッセージまで。
 
 
以下は、メンバーの方が綴つて下さつた文章です。
ご紹介します。

ーーーーーーーーーー
 
11月の読書会、「両親の問診時間」が終わりました。
 
前回に引き続き、 
テーマは「愛する力に向けての教育」
 
読書会の前にいつも参加者同士、
この1ヶ月のシェアリングをしています。
 
その話の中では、いつも参加者それぞれが「私」というものと
どのように向き合っているか、感じざるを得ません。
 
読書会では、育ちゆく子どもたちにむけて
その成長に応じた 愛する力の育みとは何かを学びました。
 
幼少期、学童期、青年期において、
人間が「愛する力」をどのように獲得していくことができるのか。
 
このような観点で、子どもの成長を見ることは
あまりないような気がします。
 
私たち大人自身も
愛する力を強めていくために、どうしたら良いのか。
 
エゴイスティックな愛から
精神的な愛への道へ
 
それを知ることは、私が私になる道です。
 
愛する力を育むということを考えるには、
 
なぜ子どもたちが生まれてくるのか。
なぜ私たちは生まれてくるのか。
 
このような問いにぶつかることを避けては通れないのだと改めて感じました。
 
私とは何者か、私がどのように「立つ」かそしてこの人生を「歩んでいく」か。
少し立ち止まり、静かな心で自分自身と向き直るとき。
 
それがこの読書会が大切にしていることです。
 
Remember me!
 
次回のテーマは「理想主義 自己教育の問いとして」 です。
 

 

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大阪・名張 言語造形公演『山月記』
11月30日(金)・12月1日(土)
https://kotobanoie.net/play/
 
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ことばの家 クリスマス公演・キリスト生誕劇2018
2018年12月25日(火)17時開演
於 大阪市立阿倍野区民センター小ホール
https://www.facebook.com/events/894100854122598/
 
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2019年1月開校!
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2018年11月08日

朝まだき新幹線の車窓から


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早朝の新幹線の車窓から観る四季折々の景色の美しさ。
 
滋賀から岐阜、愛知を通るときの景色が特に好きなのですが、今朝はとりわけ、茫然としてしまふほどでした。
 
 
長良川 流れも空も ひかりもが あをく見えたり 
淡き夢かな
 
 
山々も われも目覚めむ 
朝靄の あなたに昇る 朝日朝神

 
 

 

 
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大阪・名張 言語造形公演『山月記』
11月30日(金)・12月1日(土)
https://kotobanoie.net/play/
 
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ことばの家 クリスマス公演・キリスト生誕劇2018
2018年12月25日(火)17時開演
於 大阪市立阿倍野区民センター小ホール
https://www.facebook.com/events/894100854122598/
 
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2018年11月07日

世は美しい


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「百人一首の歌をいまやつてるねん」と言ひながら、小学四年生の次女が、国語の教科書を持つてきました。
 
 

奥山に紅葉踏み分け鳴く鹿の
声聞く時ぞ秋は悲しき 
猿丸大夫
 

秋風にたなびく雲の絶え間より
もれ出づる月の影のさやけさ
左京大夫顕輔
 

嵐吹く三室の山のもみぢ葉は
龍田の川の錦なりけり
能因法師

 
 

鹿の鳴き声が悲しいといふこと。
 
雲からもれ出づる月の光をうち見るときの感覚を「さやけさ」といふことばで言ひ表すといふこと。
 
川面に落ちたたくさんのもみぢの葉の流れる様を「錦」と見立てること。
 
子どもにとつては、いまだ経験したことのない景色と感情かもしれません。
 
しかし、まづ、このやうに、日本人は、詩人によつて「選ばれたことば」で、世を観ることを習つてきたのです。
 
さうして、鳴く鹿の声は悲しく哀れだ、散る桜は美しい、と感じてきたのです。
 
そのやうに詩に、歌に、誰かによつて、ことばで言ひ表されてゐなければ、ただ、鹿が鳴いてゐるだけであり、ただ、桜の花びらが時期が来たので散つてゐるだけとしか、人は感じられないはずです。
 
国語とは、価値観であり、世界観であり、人生観であり、歴史観です。
 
世は美しい。
 
その情を最も豊かに育むことができるのは、小学生のころ。
 
国語の風雅(みやび)を謳歌してゐる古い詩歌が、そんな教育を助けてくれます。
 
この世がどんな世であらうとも、子どもたちのこころの根底に、「世は美しい」といふ情が脈々と流れ続けるやうに、わたしたちができることは何だらう。
 
そんなことを思ひました。
 


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大阪・名張 言語造形公演『山月記』
11月30日(金)・12月1日(土)
https://kotobanoie.net/play/
 
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ことばの家 クリスマス公演・キリスト生誕劇2018
2018年12月25日(火)17時開演
於 大阪市立阿倍野区民センター小ホール
https://www.facebook.com/events/894100854122598/
 
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2019年1月開校!
『言語造形と演劇芸術のための学校』
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2018年11月06日

臆病な自尊心 〜大阪・三重 『山月記』公演のお知らせ〜


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『山月記(中島敦作)』を、11月30日(金)に大阪、12月1日(土)に三重の桔梗が丘で演じます。
 
詩人になれずに虎になつてしまつた男の物語です。
 
虎といふ一匹の獣になつてしまつた理由を彼は自分自身で考へたあげく、それは自分自身の「臆病な自尊心のせいである」と告白してゐます。
 
臆病な自尊心。
 
それは、もしかしたら、多くの男性のなかにあるものかもしれない、さう感じてゐます。
 
「俺は俺だ」といふ思ひ。
 
そしてそれとは裏腹の自信のなさ、自己不信。
 
この両方が、多くの男性のなかで複雑に入り混じつてゐる、そんな風に感じるのですが、いかがでせうか。
 
むしろ、すべての男性のなかにこのふたつの要素(ルーシファーとアーリマン)の混淆があります。
 
ある 男性A は、この両極を行つたり来たりして、その振幅の激しさに自分自身、翻弄されてゐる。
 
ある 男性B は、この両極を両極として捉えつつ、仕事を続けることで、どちらの極にも振り切れない、中庸を見いださうとしてゐる。
 
わたし自身、このAとBの間の無数のバリエーションを生きてゐるやうに思ひます。
 
この物語、臆病な自尊心を多かれ少なかれ持つ、多くの男性の方々に(もちろん、女性の方にも)聴いていただきたい作品です。
 
 
ーーーーーー
 
 
 
「この気持は誰にも分からない。誰にも分からない。」
 
夢や大志を抱く青年が、ひとりの男となる。
 
その長いプロセスには、己れのなかに潜む魔と対峙せずにはおれません。
 
狂気とは、理性を忘れた人が陥るのではありません。
 
理性しか信じられなくなってしまった人に襲いかかってくるものです。
 
男は、一歩間違えば、きっと、化け物になります。
 
これは、詩人になれず、虎になってしまった男の物語りです。

 
ーーーーーー 
 
大阪の阿倍野と、三重の名張にて、中島敦の『山月記』を諏訪耕志と諏訪千晴の言語造形、小西収さんのクラリネット演奏にてお聴きいただきます。
 
夏の『名人伝』に続き、中島敦第二弾です。
 
巨大な才能を包含しつつ、弱冠三十三歳で夭折してしまつた中島敦による、珠玉の小作品。
 
そのことばの芸術が惹き起こす感情のドラマを、どうぞお楽しみください。 
 

●出演:
 
言語造形 
諏訪耕志 https://kotobanoie.net/profile/#suwakoji
諏訪千晴 https://kotobanoie.net/profile/#suwachiharu

クラリネット演奏 
小西収 http://kotobanoie.seesaa.net/article/462402552.html
 
 
 
●大阪公演
 
日時: 平成30年11月30日(金)
17時30分開場 18時開演 20時終演予定
 
場所: 大阪市阿倍野区民センター 集会室1
https://abeno-cc.net/facilities/access_map
 
 
 
●三重公演
 
日時: 平成30年12月1日(土)
15時開場 15時半開演 17時半終演予定
 
場所: 桔梗が丘市民センター 会議室202
https://map.goo.ne.jp/place/24003181284/map/
 
 
 
参加費: ご予約 3000円 当日 3500円
 
 
お問い合わせ・お申し込み(事前お振込制):
以下のページから「ことばの家 諏訪」へご一報の上、ゆうちょ銀行へのお振り込みをお願いいたします。
https://kotobanoie.net/access/
 
◎ゆうちょ銀行  
 記号 10260 番号 28889041 
 諏訪 千晴(スワ チハル)
 
  
 
 

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ことばの家 クリスマス公演・キリスト生誕劇2018
2018年12月25日(火)17時開演
於 大阪市立阿倍野区民センター小ホール
https://www.facebook.com/events/894100854122598/
 
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2019年1月開校!
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2018年11月04日

岡山の美崎町での萬葉サロン


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岡山の美崎町の穴打里老人憩いの家にて、萬葉サロンの時間。
 
はじめは、講義形式かと思ひきや、講師のわたしが円の真ん中に跳び込んでからだを動かしながら、萬葉集の和歌を声に出していくうちに、緊張してゐた皆さんも、だんだんと、緩んできましたヨ。
 
70〜90代の方々、最後は、大きく腕を拡げ、大きな声を響かせ、日本のことばの響きを存分に楽しまれてゐました。
 
年齢を重ねられた方々のことば少なげな、しかし味わひ深い、その人となりが、わたしにはとても印象的な出会いの時でした。
 
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大阪・名張 言語造形公演『山月記』
11月30日(金)・12月1日(土)
https://kotobanoie.net/play/
 
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2018年11月03日

11月3日を明治天皇御製歌で祝ふ


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今日は、11月3日。
 
そもそも、明治天皇の御誕生日である天長節の日、のちの昭和の代に、明治節となり、先の大戦の後は、文化の日として、この日に皇居で文化勲章が授与されてゐますね。
 
祝日です。
 
わたしは、一大歌聖であられた明治天皇の歌を自分でも唱えながら、この日を祝ひたいと思ひます。
 
 
 秋の夜の ながくなるこそ たのしけれ
 見る巻々の 数をつくして
 
 
 いにしへの ふみ見るたびに 思ふかな
 おのがをさむる 国はいかにと
  

  
 
 
ーーーーー
絵は、聖徳記念絵画館壁画「侍講進講(じかうしんかう)」(堂本印象 画)明治7年 御座所(赤坂仮皇居)
〈明治天皇(奥)・元田永孚(手前)

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2018年11月02日

日本武尊は、いまも、動いてゐる 〜白鳥神社・白鳥陵古墳(古市)を訪ねて〜


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白鳥神社の拝殿の中

今日は、日本武尊のゆかりの所を訪れたくなり、家から一番近い、大阪府羽曳野市古市の白鳥神社と白鳥陵古墳に足を運ぶ。
 
ここのところ戯曲をずつと書き続けてゐて、そこに尊が登場される。
 
かうして、遥かな過去を生きた伝説の方々のゆかりの地を訪れるといふ行為をどうして自分はせずにはゐられないのだらう。
 
なかば、分かつてゐて、なかば、分かつてはゐない。
 
分かつてゐることをここに書いても仕方がないやうに思ふ。
 
その分かつてはゐないところに、汲めども汲めども尽きない、人と人とを時を越えて繋げ、貫いて流れてゐる精神の命があるに違ひない。
 
そんな何かをこの世に記したい。
 
それは、文字でも、ことばの響きでも、ないやうに思ふ。
 
文字や響きの向かうにありありとある、何らかの動きである。
 
尊は白鳥となつて、この御陵からも天駆け去られたといふ。
 
日本武尊は、いまも、動いてゐる。
 
その動きに学びたい。

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白鳥陵古墳の向かうに二上山が望まれる。

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大阪・名張 言語造形公演『山月記』
11月30日(金)・12月1日(土)
https://kotobanoie.net/play/
 
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2019年1月開校!
『言語造形と演劇芸術のための学校』
https://kotobanoie.net/school/

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2018年10月30日

秋の万代池の空


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朝の万代池の東の空。そして、西の空。
 
子どもの頃から、来巡り、経巡り、幾たびここを秋と共に歩いたことだらう。
 
美しさが、子の代(よ)、孫の代、幾代までも続かむことを希ふ。
 
杖つきて 歩みつづけむ あの影は
秋空静かに をさな子の夢

 

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2018年10月29日

淡々と語る? 〜幼児への語りかけ〜


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以前、言語造形のレッスンを受けて下さつたある方から「幼児へのお話しの語り方」について、ご質問を受けました。
 
それは、シュタイナー教育などでよく言われてゐる「幼児教育の場で、感情を込めず¨淡々と¨語ることで、子どものイメージの力を使わせる」ということについてのご質問でした。
 
このご質問は、わたしにも、本当に、よく問はれます。
 
そこで、書かせてもらひましたことを、改めてここでも記させてもらひます。
 
 
ーーーーー
 
わたしは、幼児であれ、大人であれ、「本物の言語」を語って聴かせることが絶対に大事だと思っています。
 
幼児用のことば遣いやお話の語り方などは、ないのです。
 
感情は込めるものではなく、生まれるものであり、おのずから立ち上がってくるものであり、それこそが本当の感情です。
 
よく言われていることで、幼児教育の場で「感情を込めず¨淡々と¨語ることで、子どものイメージの力を使わせる」ということは、その「込められた」感情を嫌っているということではないでしょうか。
 
そして、「込められた、捏造された感情」を嫌うあまり、「淡々と」というお題目に甘えて、実に平板な語りに安住してしまっている。
 
それが実情だと思います。
 
そこには、ことばに対する見識がほとんどありません。
 
シュタイナー教育でよく言われている「感情を込めず¨淡々と¨語る」だけしていますと、確かに子どもにイメージを使わせますが、「知的なイメージ」ばかりふくらます子どもを育ててしまいます。
 
そこに、意志の働きをもたらさないと、つまり、身振りに裏打ちされたことばでないと、子どもの意志が育ちません。
 
ことばにふさわしい人間的な身振りをもって話すこと。身振り、それは、人の意欲や意志の働きから生まれます。
 
一方、ことばの発声はできうるかぎり明瞭にすること。この明瞭さこそが、思考の働きであり、「淡々と」という意味なのです。
 
その明瞭に発音されることばと、身振り。
 
そのことばは、思考と意志の融合となります。
 
そのときの表出は、そのことば、そのことばに、ふさわしい感情の表出になります。
 
それは、ときに、静かな響きになる時もあれば、活発で劇的な響きになる時もあります。
 
それは、ことばと文に沿って変わってきます。
 
その響きは、いずれも、人のイマジネーションを引きだします。
 
実際に、言語造形による物語りを聴いていただく機会を、どんどん増やしていきたいと考えています。
 
 
ーーーーーーーーーーーー
2019年1月開校!
『言語造形と演劇芸術のための学校』
https://kotobanoie.net/school/
 

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2018年10月28日

ことばの奥にあるもの


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写真撮影 山本 美紀子さん

今日、言語造形クラスに参加して下さつてゐるおひとりの方がこんな話をして下さつた。
 
先日、演劇を観に行つた。それは、何らかの心理的障害を抱えてゐる子どもと大人の方が出演してゐるもの。
 
その俳優さんたちが舞台の上でことばを語るのだが、その発音されることばが、ことばの形をなしてゐなくて、全く何を言つてゐるのか、分からない時がある。
 
しかし、観客である自分には、何がそこで語られようとしてゐるのかよく分かつた。
 
さうお話ししてくれた。
 
声の質だとか、表面に於けることばの意味、さういふことよりも大切なのは、ことばを発しようとするときの、こころのアクティブな動きである。
 
ことばが生まれてくる大もとの泉、それは、こころのアクティブな働きなのである。
 
その泉が、こんこんと新しい清水を湧き立たせてゐるかどうか、こころの動き(アストラルのからだの働き)が活き活きと動いてゐるかどうかが、最も大切なことなのだ。
 
その演劇では、きつと、こころの働きが活き活きと繰りなされてゐたに違ひない。
 
人は、ともすれば、ことばを発するときに、表面だけきれいに整えようとしたり、意味や情報さへ伝はればそれでよしとしてしまふ。
 
しかし、それでは、いくら丁寧に話されてゐても、いくら淡々と話されてゐても、こころやいのちの営みの欠けた虚ろで死んだことばを聴いてゐる人に手渡すことになつてしまふのだ。
 
さういふときのことばは、精彩といふものが欠けてしまつてゐる。
 
そもそも、活き活きとしたこころの働き(アストラルのからだの働き)が、いのちの働き(エーテルのからだの働き)に作用していくとき、人は母音を発する。
 
一方、そのこころの働き(アストラルのからだの働き)が、〈わたし〉に作用するとき、人は子音を発する。
 
ことばの働きの大元は、こころの働き(アストラルのからだの働き)なのだ。
 
こころの働きをいかにしてアクティブなものにするか。それが、ことばを話す上での欠かせないことである。
 
だから、逆に言へば、ことばの練習を積極的にすることで、人は、アストラルのからだ(こころの働き)とエーテルのからだ(いのちの繰りなし)、そして〈わたし〉の営みとを連動させながら、自分自身を育んでいくことができる。
 


  

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2018年10月27日

失はれ続ける風景に抗することばの芸術


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二日前の早朝、玉出といふ場所に降りて行く坂を歩いてゐて、西の空に落ちて行かうとする大きな、大きな満月に胸を衝かれる。
 
その坂は、大阪の上町台地の西南の端で、百何十年前からだんだんと大阪の海が埋め立てられていく前は、万葉の歌にも数多く歌はれてゐる住吉(すみのえ)の浜だつた。
 
それは、それは、美しい風景が拡がつてゐたであらう、「歴史的名所旧跡」である。
 
しかし、いま、かうである。
 
いま、落ちて行く望月を見ながら、目の前に張り巡らされてゐる電線と灰色の建物の群れを、こころの眼の前から追ひ払ふ。
 
 

住吉の岸の松が根うちさらし
寄せ来る波の音の清けさ (巻七 1159)

 
 
 
万葉の歌をもとでに想像する力をフルに使ふ。
 
さうすると、いまでも潮騒と海の香りと姫松並木、そしてその向かうに見えてゐた月が、浮かび上がつてくる。
 
失はれてしまつた風景。
 
文学といふことばの芸術を大事にしないと、人は容易に風景を壊し、そのかけがへのない美しさが失はれてしまつても、痛くも痒くも感じないやうになつてしまふ。
 
だからこそ、詩人によることばの調べをどこまでも尊重する教育を。国創りを。
 
 

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2018年10月26日

言語造形公演「山月記」〜音楽・小西収さん〜


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写真撮影 西本雅一さん

 
このたびの言語造形公演『山月記』では、言語造形と共に、クラリネットが奏でられます。
 
小西 収 (小西収)さんによる演奏です。

小西さんは、指揮者としての研鑽をずつと積んでこられてをられます。
 
実際の演奏の現場に居合わせるとき、彼の音楽的造詣の深さとその表現に於ける愛と情熱は、肝を抜かす程の凄さでありました。
(以前の彼についての拙記事 http://kotobanoie.seesaa.net/article/461817167.html
 
その小西さんからの、今回の舞台へ向けてのことばをご紹介させてください。
 
 
ーーーーー
 
このたびの『山月記』に添える音楽は、現代日本の偉大な作曲家・松村禎三(1929─2007)の3つの作品「ピアノ協奏曲第1番」「交響曲第1番」「管弦楽のための前奏曲」から引いてきた旋律や動機を、クラリネットで独奏するという試みです。
 
それらの作風は「…アジア的な発想をもった、生命の根源に直結したエネルギーのある曲を書きたい…」という作曲家自身の言葉通りのものです。
 
諏訪耕志さんから今回のお話(ご依頼)を頂き、『山月記』冒頭しばらくの中島敦の文体を想起/一読するやいなや、私の脳内に、上述3作を含むいくつかの松村の音楽の断片が響き渡ってきました。
 
そのときの精神の高揚のままに、それでいて音楽自身を押し出すのでなく背景としての“引き”の構図を担う任も忘れずに、諏訪耕志言語造形の伴奏という大役に力を尽くしたいと思います。
 
 
 
小西収(こにししゅう)プロフィール
 
1965年 箕面市に生まれ育つ。
帝塚山高校数学科非常勤講師。
高校時代から独学で指揮を学ぶ。
女満別指揮法セミナー(夏期合宿)に2001〜03年の3回にわたり参加し、小林研一郎、高石治、松尾葉子、松岡究、三河正典の各氏に師事。
2009年までに、大阪市立大学交響楽団、ときの交響吹奏楽団、帝塚山学園吹奏楽部、アンサンブルフロイントの指揮者を歴任、2007年には橿原交響楽団に客演。現在は、私設楽団「トリカードムジーカ(音楽の編み物)」主宰、箕面高校OB吹奏楽団指揮者兼クラリネット奏者。
敬愛する往年の名指揮者ブルーノ・ワルターのモットー「微笑みを忘れず」を胸に活動を続ける。
帝塚山高校校内行事やAPA(アマチュア音楽家協会)の例会でクラリネット演奏のソロ活動も行う。
 
 
 
ーーーーーー 
 

 
大阪の阿倍野と、三重の名張にて、中島敦の『山月記』を諏訪耕志と諏訪千晴の言語造形、小西収さんのクラリネット演奏にてお聴きいただきます。
 
夏の『名人伝』に続き、中島敦第二弾です。
 
巨大な才能を包含しつつ、弱冠三十三歳で夭折してしまつた中島敦による、珠玉の小作品。
 
そのことばの芸術が惹き起こす感情のドラマを、どうぞお楽しみください。 
 

●出演: 言語造形 諏訪耕志 諏訪千晴
    クラリネット演奏 小西収 
 
 
●大阪公演
 
日時: 平成30年11月30日(金)
17時30分開場 18時開演 20時終演予定
 
場所: 大阪市阿倍野区民センター 集会室1
https://abeno-cc.net/facilities/access_map
 
 
●三重公演
 
日時: 平成30年12月1日(土)
15時開場 15時半開演 17時半終演予定
 
場所: 桔梗が丘市民センター 会議室202
https://map.goo.ne.jp/place/24003181284/map/
 
 
 
参加費: ご予約 3000円 当日 3500円
 
 
お問い合わせ・お申し込み(事前お振込制):
以下のページから「ことばの家 諏訪」へご一報の上、ゆうちょ銀行へのお振り込みをお願いいたします。
https://kotobanoie.net/access/
 
◎ゆうちょ銀行  
 記号 10260 番号 28889041 
 諏訪 千晴(スワ チハル)
 
 

 
 
ーーーーーーーーーーーー
2019年1月開校!
『言語造形と演劇芸術のための学校』
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2018年10月25日

尊敬する存在


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平櫛田中作「養老」

わたしたちは、各々、尊敬に値する人をこころに持つてゐるだらうか。
 
もし、持つてゐないといふのなら、それは、しんどいことだ。
 
生きて行く上で、それはとてもしんどいことである。
 
人は、敬ひ、尊ぶ存在をこころにしつかりと持つてゐることで、人になるのだから。自分自身になるのだから。
 
人が人であることの感覚。
 
それは、他者を敬ひ、尊ぶことから、だんだんと育まれていく。
 
幼な子は、皆、この念ひを無意識に持つて生まれてくるのだが、小学校に入つて数年経つうちに、その念ひを失くしてしまふことがある。
 
大人になつて、その念ひを失つてしまつてゐる人は、自分自身の意志でその念ひを持つことができるやう、自分自身を導くことで、こころが健やかさに向かつていく。
 
 
 

日本に於いては、歴史の中で随分と長い間、人が人であることの感覚が育まれてゐた 。
 
それは、ひとりひとりの民が、各々、尊敬する存在を持つことで育まれてゐた感覚であり、延びてゆく道であつた。
 
生きていく上でのお手本を見いだすことで育つてゆく樹木であつた。
 
樹木が育つていくためには、上から陽の光と雨水が降り注がれなければならないやうに、とりわけ、子どもにとつて、そのやうな尊敬に値する存在が必要なのだ。
 
子どもは、尊敬する存在が傍にゐてくれることで、健やかに成長していく。
 
実は、大人だつて、さうである。
 
死者であり、また、それにどこまでも近い存在・・・。
 
さういふもののなかに尊敬する存在を自分自身の意志で持つことで、人は、己れのこころが健やかに浄められるのを感じることができる。
 
古来、日本の民は皆、強制されてではなく、どこまでもこころから尊敬する存在を己れのうちにいただいてゐた。
 
昔の日本人は、さういふ道を歩いてゐたのだ。
 
このことは、いま、これから、本当に強調されなければならない。
 
なぜなら、それは、これまでわたしたちが受けて来た教育では、意図的に全く教へてもらへなかつたことだからだ。
 
 
 
 
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2018年10月23日

垂直を仰ぐ


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人が、本当に、自分自身の力を発揮するには、水平的な現実や世間などをあへて視野の外にはずして、ひとりきりになつて徹底的に垂直を仰ぎ見続ける訓練をすること。
 
その訓練の内に、ゆつくりと、己れへの信頼が生まれてくることが、最近、だんだんと分かつてきたやうに思ふ。
 
己れの真ん中を貫いて樹(た)つ大いなる信を育てていく。
 
そもそも、すべての芸術や学問に於いて、この「垂直を仰ぐ」ことこそが何よりも欠かせない精神の態度だつたはずだ。
 
自分自身にとつて「垂直」とは何を指すのか。
 
それは、誰も教へてはくれない。
 
そこを常に自分で自分に問ふことで、澱んでゐたこころといのちが、ほとばしり始める。
 
 
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幼な子への語りかけ 〜保育園での一日〜


今日も、ある保育園にて、幼な子たちとことばの芸術をたんと味はふ時間。
 
一歳、二歳児から三歳、四歳、五歳児まで、それぞれのクラスでお話しをさせてもらひました。
 
もう本当に楽しい。
 
一歳児も、ずうっとお話しを聴いてくれます。

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言語造形がもつ、ことばの力を感じます。
 
それは、深く、活き活きとした息遣ひとこころの籠もる身振り、そして明瞭な音韻のかたちに裏打ちされたことばの力です。
 
お話しの語り方は、大人に語る時と、なんら変はりません。
 
第一七年期の子どもたちに、言語造形によるお話しや歌をたつぷり聴かせてあげること。
 
これは、本当にたいせつな国語教育の礎です。

なぜなら、考へと情と意欲に通はれたことばに触れることで、いつしか子どもたち自身が、そんなことばの話し手になつてゆくからです。
 
保育園の先生方とも、意味深いワークショップの時間をもつことができました。
 
未来の日本を生きていくこれらの子どもたちと共に、日本語の魅力、喜び、活力、すべてが幸はひますやうに!
 
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2018年10月22日

百年長屋 言語造形クラスへのお誘ひ


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大阪は玉造にある百年長屋の言語造形クラス。
http://nagaya100.sblo.jp/article/184720472.html
 
月に一回、第三土曜日の午後二時から五時までの会で、これまで定員一杯だつたのですが、一名分の空きが出ました。
 
月に一回の土曜日の午後、言語造形を通して文学を存分に味はふことのできる空間に身を運んでみませんか。
 
お待ちしてゐます。
 

 
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永遠(とこしへ)に焦がれる 〜執行草舟氏『「憧れ」の思想』〜


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●私は「憧れ」に生きることこそが、人間の本質と考えている。憧れは、燃えさかる悲しみである。自己の生命が燃焼し、その燃え尽きた先にある「何ものか」だ。
(『「憧れ」の思想 』 執行草舟 著)
 
 
己れのいのちを燃やし尽くしたその先にあるものに向かふ。その時、人は「憧れ」に生きてゐる。執行氏はさう書いてゐる。
 
憧れとは、そもそも、ぼやつとした曖昧なものではない。「あこがれ」であり、わたしたちは焦がれるのだ。「あ」に向かつてこころ焦がすのだ。
 
「あ」とは、世の始源である。天地(あめつち)の初発(はじめ)である。「はじめのとき」とは、永遠(とこしへ)である。
 
その永遠に於いて、わたしは何に焦がれてゐるのか。どのやうな「憧れ」を抱いて生きようとしてゐるのか。
 
それは、もはや、単一のことばでは言ひやうがない。百万言費やしても言ひ尽くせないもの、それがわたしたちの「憧れ」ではないだらうか。
 
その言ひ尽くせないものに向かふとき、人は己れのいのちを燃やし尽くさねばゐられない。だからこそ、執行氏は憧れとは燃えさかる悲しみであると記してゐる。
 
いのちとは、脈打ち、波打つものである。勢ひよく流れることもあれば、澱み、濁り、疲れ果てることもある。
 
そのいのちの働きが、人生の様々な幸せ・不幸せに出会ふ。
 
その幸せ、不幸せを貫く「仕合はせ」を受け入れ、味はひ、つんざいて、進んでいく。
 
そこに悲しみが伴はずにゐられようか。
 
死に向かつて生きてゐるわたしたちは、死の向かうにある何かにこころ焦がして生きていく。
 
「憧れ」。それは、決して、この世に於いては成就しない、永遠(とこしへ)へと向かふ、人の性(さが)である。
 
ちなみに、この書『「憧れ」の思想』は、「本を読むことは、死ぬことである」とあつて、ここまで書き記してくれてゐる読書の奨めはないやうに思ふ。
 
 
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posted by koji at 12:58 | 大阪 | Comment(0) | 読書ノート | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2018年10月21日

大阪・名張 言語造形公演「山月記」(中島敦作)のお知らせ


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大阪の阿倍野と、三重の名張にて、中島敦の『山月記』を諏訪耕志と諏訪千晴の言語造形、小西収さんのクラリネット演奏にてお聴きいただきます。
 
夏の『名人伝』に続き、中島敦第二弾です。
 
巨大な才能を包含しつつ、弱冠三十三歳で夭折してしまつた中島敦による、珠玉の小作品。
 
そのことばの芸術が惹き起こす感情のドラマを、どうぞお楽しみください。 
 
 
 
●大阪公演
 
日時: 平成30年11月30日(金)
17時30分開場 18時開演 20時終演予定
 
場所: 大阪市阿倍野区民センター 集会室1
 
 
 
●三重公演
 
日時: 平成30年12月1日(土)
15時開場 15時半開演 17時半終演予定
 
場所: 桔梗が丘市民センター 会議室202
 
 
参加費: ご予約 3000円 当日 3500円
 
 
お問い合わせ・お申し込み(事前お振込制):
以下のページから「ことばの家 諏訪」へご一報の上、ゆうちょ銀行へのお振り込みをお願いいたします。
https://kotobanoie.net/access/
 
◎ゆうちょ銀行  
 記号 10260 番号 28889041 
 諏訪 千晴(スワ チハル)

 
 
写真撮影:西本雅一さん
 
 
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2018年10月18日

奮ひ立つ15歳のこころとからだ 〜中学校の体育大会〜


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長女が通ふ中学校の体育大会。
 
長女は中一ですが、来年卒業する中三の集団演技!これが圧巻でした。
 
全身全霊で声を出しながら、きびきびと、一糸乱れぬ正確さで、百人近くの生徒たちが集団で、幾何学的・芸術的な動きを披露するとき、竜巻のやうな「何か」が巻き上がるのです・・・。(感動しすぎて、写真を撮る暇がなかつた)
 
この日までの練習によつて、そして今日の本番をし終えて、15歳の人たちの胸にどんな感情が立ち上がつて来たことでせう。
 
その集中力、気合ひ、そして仲間への信頼感、結束力・・・。
 
観に来てゐた親御さんの誰もが感動してゐました。涙を流してゐた人もゐました。
 
こんな演技を観た下の学年の子たちは、どれほどこころに刺激を受けたことでせう。
 
この中学校はわたし自身の母校でもあるのですが、日々、娘からも聞いてゐましたが、本当に素晴らしい学校に変貌してゐました。
 
普通の公立中学校ですが、生徒たち自身が、卒業したことを誇りに思ふやうな、そんな人間的な学び舎であるなあ、そんなことを強く感じました。

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手足で聴く


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写真撮影 山本 美紀子​さん
 
人は、いつも、何かを見てゐますし、何かを聞いてゐます。
 
ただ、そのふたつの感覚器官の働きは、実はとても対照的な働き方をしてゐます。
 
ルドルフ・シュタイナーの『メディテーションをもつてものにする人間学』にかうあります。
 
ーーーーーー

視るに於て迎へられるところが覚えられるのは、それなりの自立性をもつた頭のなりたちによつてであります。
 
聴くに於て迎へられるところが覚えられるのは、節分かれしたからだのまるごとによつてです。
 
見るに於て迎へられるところは、頭からからだへと向かふ流れ(上から下)をもちます。
 
聴くに於て迎へられるところは、からだから上へ(下から上)と向かふ流れをもちます。
 
ーーーーーーー 
 
シュタイナーが、ヴァルドルフ学校を初めてシュテュットガルトに開校して、丁度一年後に教師たちに向けてした講義からです。
 
視えるもの。
 
それは、目といふ感覚器官を通して、頭の部位から、首から下、胸へ、腹へ、下半身へと密やかにからだに働きかけていく。
 
一方、聴こえるもの。
 
それは、本質的には、節分れしてゐる手足、下半身、腹、胸で覚えられ(受け取られ)、上へと密やかに昇つていき、頭に於て想はれる。
 
耳と云ふ感覚器官で聴かれるのは、むしろ、残響と云へるものではないか。
 
空気の震へを集約的に受け取るのは確かに耳だらうけれども、本来的に音の音たるところを、わたしたちは胸、腹、更には手足に於て受け取つてゐる。
 
ことばや音楽と云ふものは、手足によつて聴かれてゐる!
 
なぜなら、ことばとは、音楽とは、そもそも、精神の運動であるからです。
 
頭、耳で聞かうとするのではなく、たとへからだはぢつと静かにしてゐても、ことばや音楽に密やかに手足を沿はせるやうにして聴かうとするとき、そのことばや音楽の「中味」「こころ」「精神」に触れることができる。
 
そのとき、人は、健やかに、聴く力を育んでいくことができる。
 
しかし、聴き手がそのやうに聴くことができるのも、話し手が手足をもつて語らうとし、音楽を奏でようとするときです。
 
話し手が頭のみで、口先のみで、ことばを話すとき、そのことばは、聴き手の手足によつては受け取られず、頭のみに働きかけます。
 
だから、聴き手が手足をもつて聴くことができるやう、とりわけ子どもたちには手足の動きをもつて語りかけることがたいせつです。
 
これらのことは、まさに、メディテーションによつて、身を使つての芸術行為を通して、初めてリアルに受け取られるものです。
 

 

 
 
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2018年10月16日

愛読書 〜古典といふもの〜


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九月の末に行つた天武天皇の都があつた近くの飛鳥の里。 

このところ、集中して『古事記伝(ふることぶみのつたへ)』の読書を楽しんでゐます。
 
一千年間、誰もまともに読むことができなかつた『古事記』。 

漢字ばかりの難読書だつたその『古事記』を、本居宣長はよくもこれだけ、やまとことばのみで訓み下して下さつたことだ、と心底、感嘆します。
 
古い日本人が語つてゐた日本語の調べ、その語りの調べを大切に守りながら天武天皇が改めて語られ、稗田阿礼が全身で聴きとり憶へ込んだ、その調べを、宣長は見事に甦らせたのです。
 
大事なのは、調べです。
 
その調べこそが、言霊であります。
 
そこに、日本人ならではの身振り、さらには神代(かみよ)の手振りが伺はれるのです。
 
理屈ではなく、身振り、手振りにこそ、日本人の信仰の拠りどころがあります。
 
ですので、この日本には、宗教書や倫理を教唆するやうな書物は、どこかそぐひません。
 
『古事記』は物語です。
 
確かな「もの」を「ものものしく」語り伝へようとしてゐます。
 
そして、その調べを漢字のみで記録せざるをえなかつたのにも関はらず、それをなしとげた太安万侶も偉い人です。
 
そのやうな、精神のリレーがなしとげられた一冊の本。
 
心底尊敬できる著者。
 
一度読んだだけではよく分からないからこそ、何度でも愛読できる本。
 
これを座右に置くことができることは、仕合はせなことだと思ひます。
 
 

 

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自分自身を健やかに忘れる


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10月13日に行はれた大海神社の秋の大祭の空。 

自分自身の弱点や痛みを真正面から見つめることは、人にとつて、大変苦しいことであります。
 
さうして、その見つめるところにまで辿り着き、それを認め、それを許し、それを乗り越えていくのに、人はとても長い時間を必要とします。
 
しかし、ややもすると、その内的な作業は、自分自身の内側ばかりを見ることに尽きてしまひがちです。
  
自分自身のことばかりにこだわつてしまふ。
 
さうして、やがて、そんな弱点や痛みなどは、自分自身の中にはないのだと、自分に嘘をつき、ごまかすまでになつてしまふ。
 
そんなとき、すべての芸術と同じく、言語造形の営みは、そのやうな自分自身の内側ばかりを覗きこんでばかりゐる意識のありやうを外側へ引つ張り出します。
 
言語造形では、ことばの音韻といふ、自然から授かつてゐる、とても客観的なものを素材とし、その素材に懸命に取り組むうちに、人は自分自身を健やかに忘れるのです。
 
ただ、その素材への取り組みは、やはり、法則に則つて進めて行かねばなりません。
 
無手勝流では、つひには、自分自身のくせから抜け出せない、いびつなものを産み出すばかりです。
 
法則といふ極めて客観的なものに則ることによつてこそ、その人その人の個性が初めて輝き出し、美しい主観が顕れてきます。
 
この仕事が自分に合ふかどうか、そんなことばかり前もつて考へて、自分のことだけが気になつてゐるのではなく、自分自身のことなど忘れて目の前に提示されてゐるものに懸命に取り組んでみるうちに、これまで思ひもよらなかつた自分自身と対面することになる。  
 
このことは、人のすべての仕事に共通することでもありますね。
 
もう、自分自身のこと、自分の性格や、自分の個性や、自分の好き嫌ひやを言ひ立てることではなく、「仕事」に向き合つていく、そんな爽やかな道が、きつと、あります。
 


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2018年10月14日

2018年和歌山クリスマス・キリスト生誕劇


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今年の12月28日(金)の午後、和歌の浦アートキューブにて、親子えんげき塾 ことばの泉主宰のメンバーが『キリスト生誕劇』を演じます。
 
春から夏、そして秋へと、この演劇も深みを増して来ました。
 
このメンバーの凄いところは、その意欲です。自主性です。
 
習つたことを一生懸命復習して、次の稽古にそれを持ち込みます。
 
稽古のあとは、必ず、レポートを書いてくれます。
 
すべて、自分自身からの意志の力でしてくれてゐます。
 
まさに、学びの共同体です。
 
そんな親たちの姿は、きつと、子どもたちに、強く働きかけているでせう。
 
小学生の子どもたちも、今回は、前座で舞台に立ち、『古事記』の「天地の初発」を朗唱します。
 
冬至を過ぎる頃、紀の国・和歌山の皆さんと、聖なる時を共に生きることを、こころから待つてゐます。
 
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メンバーが書き記してくれたものを掲載させてもらひます。
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親子えんげき塾、稽古日。
 
生誕劇公演まで、あと2カ月です。
 
今日は頭から終わりまでの通し稽古。
 
衣装も合わせながら、この物語をみな、深く感じました。
 
意識を集中し続けることの難しさとともに、
 
1人ではなく、共につくりあげていく芸術への挑戦をしていることを再確認しました。
 
1人ひとりが、キリストという幼子の誕生を、それぞれ自分の内なるものとして捉えながら、練習しています。
 
この繰り返し、本番までの芸術への意欲的な営みは、ただの母ちゃん達には、なかなか大変なものです。
 
でも、この営みを通して何が生まれるのか、、、想像しているもの以上のギフトが、クリスマスにやってくるような気がします。
 
演劇という芸術が、私たちを導いてくれている。
 
そんな気がするのです。
 

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2018年10月13日

『言語造形と演劇芸術のための学校』開校のお知らせ 


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わたしは、29歳から35歳までの間、高田馬場ルドルフ・シュタイナーハウスに平日毎日通ひ、鈴木一博さんに言語造形を教はりました。
 
それは、鈴木流に仕込まれることではなく、どこまでも、ことばに耳を傾け、ことばの音韻に導かれて身を修していく「道」でした。
 
わたしが師匠にしていただいたことを、わたしも若い志ある誰かにしようと、こころを決めることができました。
 
志ある方、下の趣旨を見て感じるところある方、どうぞ共に歩いていきませう。
 
語るといふ芸術。演じるといふ芸術。詠ふといふ芸術。言語造形を通して取り組むこの舞台芸術は、人そのものを楽器となしてゆく練習・修業の道です。
 
精神からことばの芸術を織りなす技術者集団を作り、各地で舞台をしていくことによつて、ことばによる祭祀空間を産み出していく。
 
さういふ実践的・創造的な舞台人を育成していくための学校です。
 
週四日の稽古で、基本修養年数は五年間。
 
開校日は2019年1月8日(火)です。
 
この学校は、いはゆる卒業証書のやうなものはお渡しできません。実際の舞台に立つていき、お客様からいただくその都度その折りの拍手が、皆さんの唯一の卒業証書です。
 
芸術への高く、遠い志を抱く方、このやうな学校の精神を受け止められる方、共に歩きはじめませう。
 
これは、言語造形を己れの一生の仕事・天職にしていく道です。
 

「ことばの家 諏訪」 諏訪耕志
 
 
 
●就学期間:
2019年1月8日(火)から2023年12月まで(五年間)  
毎週平日4日間/年間45週
春休み(1週間)、ゴールデンウィーク休み(1週間)、夏休み(3週間)、冬休み(2〜3週間)、祝日はお休み
 
 
●時間:午後6時〜午後8時(ことばの家 諏訪 にて)
 
 
●講師:諏訪耕志(ことばの家 諏訪 主宰) 
 
 
●授業料:
入学金3万円(入学決定時に納入)
毎月4万円(休みの有無に関はらず。合宿などの費用は別)
 
 
●授業内容:
言語造形 
テオゾフィー、普遍人間学、「言語造形と演劇芸術」講義録
(出版書籍は各自お求めいただきます) その他
 
 
●申し込み:
履歴書一通・なぜ入学希望するかに関する文書一通を添へて、info@kotobanoie.net あるいは郵便で申し込む。
(〒558-0053 大阪市住吉区帝塚山中2-8-20 ことばの家 諏訪)
後日、ことばの家 諏訪に於ての面接日を、お知らせゐたします。
申し込み期間  2018年10月1日より12月31日まで
 
https://kotobanoie.net/school/

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2018年10月12日

2018年大阪クリスマス・キリスト生誕劇


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昨年に続き、今年のクリスマスの夜12月25日に、大阪は阿倍野区民センターにて、キリスト生誕劇を催します。
 
この劇は大きく二つの要素からなりたつてゐます。
 
前半は、神の御意志によつて、ひとりの乙女に神の御子が宿り、ご誕生を迎へるまでの、密やかな、しかし、宇宙の最も大きな転換点とも言へる壮大な運命劇であります。
 
後半は、その神の御子が、三人の羊飼ひによつて目撃される劇です。それは、神の子が初めて人に認められる、そのときの人のありやうを描く、人のなりかはりを描く人間劇でもあります。
 
十月に入り、わたしたち「ことばの家 諏訪」も、その準備に熱が入つて来てゐます。

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2018年10月09日

永遠の女性的なるもの 〜「舟」公演を終えて〜


昨日、諏訪千晴による『おはなしペチカ 舟』、無事終演いたしました。
 
ご来場下さつた皆さん、お手伝ひをして下さつた皆さん、共演者の皆さん、本当にありがたうございました。
 
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「亀のこうらの夢を見て」リハーサル時の次女

 
この『舟』といふ詩を、舞台に於ける言語芸術としていくこと。
 
それが、彼女がここ数か月、懸命に取り組んできたことでした。
 
そのプロセスにつきあつていく中で、聴き手であるわたし自身に働きかけてくるものは、深い、深い、女性的なるもの、永遠の乙女からの声、とも言ひたくなるものでした。
 
それは、天上的と言ふよりも、むしろ、地下的、黄泉の国からの声のやうにわたしに働きかけてきたのでした。
 
その黄泉の国とは、黄泉の国でありながらも、つまるところは、天上の高天原(たかまのはら)と重なるやうに感じるのですが、しかし、やはりその声は黄泉の国からのものであると感じられました。
 
そして、彼女が稽古を積み重ね、腰から下、下半身の動きを通しての声となつて行くに従つて、だんだんと、聴き手のわたしの意識の下、無意識と言つてもいいやうなところへと働きかけてくるやうになりました。
 
つまり、聴いてゐて、訳もなく、涙が流れるやうになつてきました。
 
言語の音韻が鳴りたがつてゐる響きにこちらが耳を澄ませることによつて、ことばのひとつひとつが発音されていく。
 
それによつて、表面上の女っぽさが消え、永遠の乙女、永遠の女性的なるものの声が、響いてきたやうに感じてゐます。
 
音楽の演奏を荷つて下さる足利智子さんが示唆してくれることばはいつもとても印象深いのですが、今回も、こんなことばを伝へてくれました。
 
「今度の舞台創りは、何か『女』としての責任のやうなものを荷つてゐる仕事のやうに感じる」
 
そのことばの意味するところ、深く、男であるわたし自身にとつてこそ、追い求める、それこそ永遠のテーマであります。
 
今回の舞台のあと、この詩の作者である稲尾教彦さんによる、この『舟』を含む数々の詩作品を参加者一人一人が順番に声に出していく、そんな素晴らしい時間が創られました。
 
そのとき、参加者の方から響き出たことばの響きの切実さに、わたしは、泣きました。
 
人前で泣くことはほとんどないと自分では勝手に思ひ込んでゐるのですが、泣いてしまひました。
 
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今回の舞台のために、想芸館の奥田 英明さんご一家はじめ、たくさんの方々がご協力くださいました。
 
皆さん、改めまして、本当にありがたうございました。
 
言語造形といふ芸術を、よりいっさう、確信的に、繰り広げていきます。
 
また、どうぞ、これからも、よろしくお願ひ申し上げます。
 
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これだ


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「これもあり、あれもあり」ではなく、「ここからとあそこから、いいとこだけ取つて自分の役にたてよう」でもない。
 
「これだ」といふものを深めていく。 
 
自分たちのやり方、仕事の進め方、人生の生き方、それらが、ますます、明確なものになつてきたやうに感じてゐます。
 
現代人に多く見られる相対的なものの見方、生き方。
 
それは、大いにあつていいことだと思ふのです。
 
何事も比較して、検討して、そこから良きもの、役立つもの、得するものを取り入れる。
 
そんな生き方は、現代人にとつては当たり前に近い感覚でせう。
 
しかし、それは、どこか、自分自身のこころに対する信頼のなさに裏打ちされてゐるありやうに感じられる。
 
さういふ生き方とは、また違ふ、もう一つの生き方もあつていい。
 
「これだ」といふものを深めていく。
 
そのやうなあり方は、ときに、なだらかでない、不器用さが表立つやうなことにもなるでせう。
 
お洒落でもなく、垢抜けないたくさんの時期もくぐらなければならないでせう。
 
しかし、どんな世界にも、「これだ」といふ次元があり、その「これだ」の奥へ、奥へと入つていくことによつて、そこには思つてもみなかつた豊穣な沃野が広々と拡がつてゐることに、人は驚異と畏敬と尊崇の念ひにうたれるのです。
 
依怙地になつて言ふのではないのですが、己れのうちに「これだ」といふものを深めていく絶対の力をもつこと。
 
そしてそのためには、自分なりの意見だとか、自分なりのやり方をいつたん捨て去り、自己を空つぽにして学ばうとする謙虚で素直なこころの力が必要です。
 
我流ではなく、世の法則に沿ふことです。
 
亜流とは、全くの素人から生まれるのではありません。
 
道に好意を寄せてゐる人々。しかし、そのやうな人々のうちに潜む軽薄から、もしくは己れを見つめ切らうとしないごまかしから、必然的に生まれます。
 
ただ、亜流はいくらあつてもいい。
 
しかし、しかし、本流を細らせてはならない。枯らせてはならない。
 
本流を生きるのは、「これだ」を生きる者です。
 
自分なりのやり方をおいておき、世の法則に沿ふ道、さういふ科学的・芸術的・宗教的な道を歩くことの健やかさを、これからはいっさう意識的に生きていきたいと思ふのです。
 

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2018年10月06日

姫嶋神社 〜阿迦留姫命を訪ねて〜


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姫神が鎮まられてゐる社へ通ふ日々が続いてゐます。
 
大阪市西淀川区にある姫嶋神社。
 
阿迦留姫命(アカルヒメノミコト)が御主宰神です。
 
並んで、神功皇后と住吉大神がお祀りされてゐます。
 
この姫神の由縁が「古事記」その他に記されてあります。
 
朝鮮の新羅にて、赤い玉から化身されたといふアカルヒメノミコトが、夫であつた天之日矛(アメノヒボコ)から逃れて、祖国に帰ると言つて、小舟に乗つてこの姫島の地に辿り着かれました。
 
そして、この姫嶋といふ地で、女性たちに機織りや裁縫、焼き物や楽器などを教へたさうです。
 
男とは異なる、女ならではの手の仕事をもつて、たいせつな何かを伝へられたのではないでせうか。
 
新羅から摂津の姫嶋までの逃避行の、そのときの彼女の情を思ひつつ、この地に新しい文化の営みをもたらされた、その精神の強さ、しなやかさをも思ひ、家族でこころを寄せながら社前に祈りを捧げてゐると、またしても、優しく心地よい風が吹き寄せて来て、雲が吹き払われ、青空に輝く陽の光がさんさんとわたしたちに降り注ぐのでした。
 
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三つの次第

 
大人になつてゐるわたしたちにも、その成長に於いては三つの段階があるやうに思ひます。そしてその三つは、何歳になつても混じりあつてゐるやうです。
 
一つ目。
それは、あるがままの自分自身を嘘偽りなく受け入れ認めること。
 
世の趨勢は、多く、この一つ目のことに意識が向かつてゐるやうに感じます。それだけ、わたしたちの多くが、自分自身を自分自身で肯定できないことに苦しみを抱えながら生きてゐる。
 
しかし、このことがこれほどクローズアップされてゐるといふことは、とりわけ、この日本といふ国が変はり始めてゐるといふことでせう。つまり、この国自体が、己れを己れで認められない宿痾から抜け出し、新しい自己像を描き出す、そのスタート地点に立つてゐます。国の変容とひとりひとりの変容は、きつと、重なりあつてゐます。
 
わたしたちひとりひとりも、この一つ目を、この人生に於いて、きつと、成し遂げていきます。
 
二つ目。
それは、新しく見いだされた(想ひ起こされた)自分自身から、新しく湧き上がつてくるものを、自分自身で見いだし、それが発展していくことを喜ぶことができること。
 
それは、ひとりひとりの人には無尽蔵の創造力が秘められてゐるといふことに気づき、ひとりひとりの人がその力を汲み上げていく方法を知る、といふことです。
 
「あるがままの自分」を知るだけでは、人は満足できないやうです。
 
己れを肯定し、己れへの信頼を育んでゐる人は、きつと、己れの内から何かが産まれたがつてゐるのを感じる。そして、ときが熟し、何かとの、誰かとの出会ひの中で、人は己れの内なる創造力の存在に驚き、喜びを見いだすことができる。
 
そんな二つ目の次第に、いま、多くの人が目覚めるときが来てゐるやうに感じられて仕方がありません。
 
三つ目。
それは、おのおのが歩む人生の道の上で、人は先達を探し、師に就き、己れの創造力を専一に磨いていく。そこに至つて初めて、志といふものが人の生に通ひだす。志といふものに沿つて、己れを導き、道を歩み続ける。喜びも苦しみも悲しみも、すべての情が洗はれ、濯がれ、ただ毎日、道を歩むことだけが、生きることの真ん中に位置してきます。その道に、終はりはありません。
 
人は、この三つの次第を行き来しながら、生きてゐるやうに思はれるのです。
 
わたし自身も、この三つを行き来しながら、つひに、三つ目を目指して「ことばの家」をしてゐます。
 
そして、三つ目を目指す人よ、集まれ、といふ覚悟が生まれてきたことも、わたしにとつてのよろこびです。
 

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2018年10月03日

両親の問診時間 読書会


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mitteの庭(和歌山の岩出市)で毎月第一水曜日午前に行つてゐる『両親の問診時間』クラス。
 
毎月、参加者の皆さんが、とても熱いこころを寄せ合ひながら、参加して下さつてゐます。
 
この『両親の問診時間』は、ミヒャエラ・グレックラーさんといふ方による講演録です。
 
彼女は、小児科診療やシュタイナー学校校医を経た後、長期に渡り、スイス・ドルナッハのゲーテアヌム精神科学自由大学・医学部セクション代表を務められた方です。
 
わたしも、一度、まぢかにお会いしたことがあるのですが、彼女の真つ直ぐな眼差しの中に「人というものへの信頼」が宿つてゐる、そんな強い印象が今も忘れられません。
 
題名通り、その講演録の全体のテーマは、「家庭における人間教育」です。
 
わたしはこの本を読み始めてからもう14,5年になるのですが、何度読み返してみても、そこに新しい発見がある、素晴らしい本です。
 
まさに、アントロポゾフィーといふ学びの宝庫なのです。
 
この本で摑むことのできた観点が、どれほど、わたし自身の家庭生活を支え、健やかに育んでくれたことでせう。
 
今月は、「愛する力に向けての教育」といふ章でした。
 
人生における最もたいせつなこのテーマが、普遍人間学の見て取り方をもつて、リアルに、かつ筋道だつた述べ方で、説かれていきます。
 
来月も、引き続き、この章に取り組んでいきます。
 
メンバーの方が綴つてくれた文章を掲載させてもらひます。
 
諏訪耕志記
 
 
 
ーーーーーーーーーーーーーーーー 
 
今日の読書会は、
愛する力に向けての教育。
 
私たちはどうしたら、
愛する力を得られるのだろうか。
 
そもそも愛する力とは
どのような力なのか。
 
それは、人が人であるために
必要な力。
愛する力ははじめから
どの人にもあるというところから
始まりました。
 
ではなぜ、人間は皆愛する力を発揮して、幸せになっていないのか?
 
そこに愛を阻むものがあるのです。
 
それは、参加している皆が心あたりあるものばかりでした。
 
愛する力を目覚めさせ、
強めていくには、
どうしたらいいのか。
 
次回もまた引き続き、
愛がテーマの学びです。
 
いつもたくさんの気づきがある
読書会。
 
静かな心で、
本が語るところや
互いの気づきに耳を傾けると、
終わった後には、
世界の見方が少し変わっています。
 
人の人たるところを
知る。
 
それが学びの根源なのかもしれません。
 
興味関心のある方は、
ぜひご参加ください。
 
問い合わせは
mitteno20@gmail.com
または、フェイスブックメッセージまで。

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2018年10月01日

『言語造形と演劇芸術のための学校』1月開校のお知らせ 


わたしが師匠にしていただいたことを、わたしも若い志ある誰かにしようと、こころを決めることができました。
 
志ある方、下の趣旨を見て感じるところある方、どうぞ共に歩いていきましょう。
 
これは、言語造形を一生の仕事・天職にしていく道です。
 
  

『言語造形と演劇芸術のための学校』1月開校のお知らせ
 
語るという芸術。演じるという芸術。詠うという芸術。言語造形を通して取り組むこの舞台芸術は、人そのものを楽器となしてゆく練習・修業の道です。
 
精神からことばの芸術を織りなす技術者集団を作り、各地で舞台をしていくことによって、ことばによる祭祀空間を産み出していく。
 
そういう実践的・創造的な舞台人を育成していくための学校です。
 
週四日の稽古で、基本修養年数は五年間。開校日は2019年1月8日(火)です。
 
この学校は、いわゆる卒業証書のようなものはお渡しできません。実際の舞台に立っていき、お客様からいただくその都度その折りの拍手が、皆さんの唯一の卒業証書です。
 
高く、遠い芸術への志を抱く方、このような学校の精神を受け止められる方、共に歩きはじめましょう。
 
これは、言語造形を己れの一生の仕事・天職にしていく道です。
 

「ことばの家 諏訪」 諏訪耕志
 
 
 
●就学期間:
2019年1月8日(火)から2023年12月まで(五年間)  
毎週平日4日間/年間45週
春休み(1週間)、ゴールデンウィーク休み(1週間)、夏休み(3週間)、冬休み(2〜3週間)
祝日はお休み

 
●時間:午後6時〜午後8時(ことばの家 諏訪 にて)
 
 
●講師:諏訪耕志(ことばの家 諏訪 主宰) 
他オイリュトミー講師   
 
 
●授業料:
入学金3万円(入学決定時に納入)
毎月4万円(休みの有無に関わらず。合宿などの費用は別)
 
 
●授業内容:
言語造形、ことばのオイリュトミー 
テオゾフィー、普遍人間学、「言語造形と演劇芸術」講義録
(出版書籍は各自お求めいただきます)  その他
 
 
●申し込み:履歴書一通・なぜ入学希望するかに関する文書一通 を添えて、info@kotobanoie.net あるいは郵便で申し込む。 (〒558-0053 大阪市住吉区帝塚山中2-8-20 ことばの家 諏訪)
後日、ことばの家 諏訪においての面接日を、お知らせいたします。
申し込み期間  2018年10月1日より12月31日まで
 

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大鳥羽衣浜神社 〜両道入姫皇女を訪ねて〜


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今日から、神無月(かみなづき)とも言はれる十月ですね。 
 
台風が過ぎ去つた今日、秋の麗らかな陽射しと青空があまりにも気持ちよく、妻と羽衣(はごろも)にある大鳥羽衣浜神社にお参りに行きました。
 
日本武尊(やまとたけるのみこと)の后、両道入姫皇女(ふたぢいりひめのみこと)をお祀りしてゐる社です。
 
いま、日本武尊をお支えになられた女性たちをテーマにした戯曲を書いてゐるのですが、両道入姫皇女に御挨拶をしたかつたのです。
 
その社の拝殿の前でお祈りをしますと、傍にある楠の大樹を吹き抜ける優しく喜びに満ちた風と輝く陽の光が、二人を包んでくれたやうな感覚でした。
 
二枚目の写真の楠の樹木の左横の部分に、なぜか神々しい方がをられるやうな気がして、画面上の写真を見ながらその部分に手を当ててみると、暖かいものが伝はつてくるのでした。

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2018年09月30日

文学と語らひ 〜百年長屋での言語造形〜


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今日は、大阪は玉造にある百年長屋での毎月恒例の言語造形でした。
 
ここの主宰者であられる中西緑さんはじめ、以前教師をされてゐた方々が多く集まるクラスです。
 
数々の文学作品(夏目漱石や森鷗外、井原西鶴、上田秋成など)を、全身から発せられる声によつて味はへる歓び。
 
漱石のある作品が語り終へられたあと、深い、深い、沈黙が部屋中を支配する。
 
この沈黙の深さ・・・。

また、シェアリングの時間に語られる個人的なお話しの趣き深く含蓄深いこと。 
 
少年時代の思ひ出や、旅に於ける情景、道端で見つけた草木や花々のささやかな美しさが淡々と語られ、それをクラスの皆が黙つて聴くことのできる和やかな時間は、かけがへがありません。
 
生の声で奏でられる文学を味はひ、また、己れの暮らしの一コマ一コマからことばを紡ぐ喜びを分かち合ふこと。
 
言語造形のクラスは、そのやうな歓びにいつも満ち溢れてゐます。

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2018年09月26日

国語への痛切な思ひ 〜ドーデ『最後の授業』〜


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フランスの作家ドーデの『最後の授業』をご紹介したい。
 
1871年、普仏戦争に敗れたフランスはドイツに領土を奪はれる。いよいよ祖国と別れなければならないといふ深刻な悲劇を迎える、その朝、村の小学校のアメル先生が、フランス語の最後の授業に立つ。
 
「みなさん、わたしが授業をするのはこれが最後です。アルザスとロレーヌの学校では、ドイツ語しか教へてはいけないといふ命令がベルリンから来ました。・・・新しい先生が明日見えます。今日はフランス語の最後のお稽古です。どうか注意してください。」
 
先生のことばに愕然として、いつもとは全く違つた真剣なまなざしで耳を傾ける子どもたちの前で、先生はフランス語について話しを始める。
 
「フランス語が、世界中でいちばん美しい、いちばんはっきりした、いちばん力強いことばであること」
 
「ある民族が奴隷となつても、その国語を保つてゐる限りは、その牢獄の鍵を握つてゐるやうなものだから、わたしたちの間で、フランス語をよく守つて決して忘れてはならないこと」
 
そのやうなことをアメル先生は語る。
 
「とつぜん教会の時計が十二時を打ち、続いてアンジェリリュスの鐘が鳴つた。と同時に、調練から帰るプロシア兵のラッパがわたしたちのゐる窓の下で鳴り響いた・・・。アメル先生は青い顔をして教壇に立ちあがつた。これほど先生が大きく見えたことはなかつた。
 
『みなさん』と彼は言つた。『みなさん、わたしは・・・わたしは・・・』
しかし何かが彼の息を詰まらせた。彼はことばを終えることができなかつた。そこで彼は黒板の方へ向きなおると、白墨をひとつ手に取つて、ありつたけの力でしつかりと、できるだけ大きな字で書いた。

『フランスばんざい!』
 
さうして、頭を壁に押しあてたまま、そこを動かなかつた。そして、手で合図をした。

『もうおしまひだ・・・。お帰り』」
 
 
このやうな国語への痛切な思ひをもたないで、子どもたちに何を伝へると言ふのだらうか。
 

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2018年09月25日

幼な子との共同作業

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聴くといふ行為は、まぎれもなく、愛です。
 
ある保育所での幼な子たちとの時間。
 
かういふ時に、特に、言語造形をやつてゐて、よかつたなあ、幸せだなあと思ふのです。
 
活き活きとした息遣ひとことばの精神(言霊)に導かれて、幼な子たちのこころもからだも弾みます。
 
幼な子たちは、耳でお話しを聴いてゐません。
 
全身で聴いてゐるのです。全身が耳なのです。 
 
だからこそ、知性の勝る賢い大人とは違ひ、幼な子は、共に舞台を創つてくれます。
 
演じ手と共に、聴き手が創造に参加してくれるのです。
 
こんな豊かさはありません。

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2018年09月24日

新しい人形劇芸術 〜山崎淳子さんの「三匹のやぎのがらがらどん」〜


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小さな保育室 こっこでの今日の講座『ことばと子どもの育ち 』、無事終わりました。
 
山崎さんによる人形劇「三匹のやぎとがらがらどん」が、本当に素晴らしかつたのです。
 
演者の深くて活き活きとした息遣ひに導かれて、空間に静かに響き渡ることばと人形の動き。
 
そのことば遣ひと、一挙手一投足が、ひと呼吸ひと呼吸の息遣ひに貫かれてゐます。
 
いのちの営みである呼吸が、物語りのことばと人形の動きを芸術的なスタイルの上で織り合はせ、音楽的な調べを生み出す様をありありと、まざまざと目の当たりにすることができました。
 
また、その息遣ひに貫かれた人形の動きは、いはゆる写実的なものから離れ、法則に沿つて抑制された芸術的な動きであり、それゆゑ、いつさう観る人の想像力を掻き立ててくれます。
 
言語造形を通して演じられる人形劇は、大人が観ても、こころ揺さぶられる芸術であることを、今日の山崎さんによる上演が無言の内に教へてくれました。
 
願はくは、このやうな人形劇芸術が幼児教育の場に拡がつてゆきますやうに・・・。
 
来て下さつた皆さん、そして山崎さん、どうもありがたうございました。

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2018年09月23日

音楽による空間造形のリアリティー 〜箕面高校OB吹奏楽団第8回演奏会〜


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小西 収さんが指揮する、箕面高校OB吹奏楽団第8回演奏会を次女と共に聴きに行きました。
 
場所は、箕面市立メイプルホール。音の響きが素晴らしい会場でした。
 
そして、なにより、驚愕の小西さんの指揮。
 
全身全霊の指揮によつて、楽団のポテンシャルを引き出す、引き出す!
 
音楽に関して、全く語彙力のない自分が情けないのですが、彼の指揮によつて、楽器を奏でる楽団員ひとりひとりの背後の空間から、その都度その都度、音楽的建築物が立ち上がつてくるのです。
 
この音楽による空間造形の圧倒的なリアリティーに、涙が溢れてきます。
 
小西さんはじめ箕面高校を卒業してから40年以上経つOBの方々から現役高校生まで、楽団一丸となつて音の芸術に喜びと共に奉仕してゐる姿。
 
音楽に対する情熱と愛。
 
それは、本当に、かけがへのないものだと感じました。
 
演奏に一心に取り組んで下さつた皆さんにこころから感謝します。
 

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前夜の準備


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仕事をする上でわたしが大切にしてゐることのひとつに、前日の晩、眠る前に、次に日に会ふひとりひとりの人のお顔、姿、声、表情などを親しく想ひ浮かべるといふことがあります。
 
さらに、そのおひとりおひとりの後ろにをられる、目には見えない存在の方々とわたしの仕事が結びつくやうお祈りをします。
 
ちょつと、ぎょつと思はれるかもしれませんが、そのやうな精神の世の方々との共同作業こそが、これまでのわたしの仕事を支えてきてくれたやうに思ひます。
 
また、メルヘンや昔話を、夜寝る前に改めて味はふことがとてもよくて、その行為によつて、お話しの中に息づいてゐる精神の世の方々との協働が翌日生まれます。
 
例へば、グリムメルヘンの『ルンペルシュティルツヘン』。
 
夜の間に藁(わら)を紡いで金にすることができる小人、ルンペルシュティルツヘン。
 
メルヘンを味はふ、わたしの内なる藁を、金に変えてくれる。
 
願ひではなく、そんな確信をもつての前夜の準備です。
 

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2018年09月12日

9月24日(月・祝)箕面 ことばと子どもの育ち


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言語造形による山崎さんの人形劇
「三匹の山羊のがらがらどん」上演があります

 
緑豊かな箕面の山のふもとにある、新稲(にいな)の一軒家の子どものための小さな場所「小さな保育室 こっこ」。
 
ここは、山崎淳子さんによつてルドルフ・シュタイナーの人間観に基づく保育(シュタイナー乳幼児教育)がなされてゐる私設の保育室です。
 
ここで、山崎さんによる人形劇『三匹のやぎのがらがらどん』の上演と保育についてのお話し、そして諏訪耕志による、ことばと子どもの成長の関係についての講座、さらに子どもへの物語り・絵本などの読み聞かせ・語り聴かせを学ぶ一日講習をいたします。
 
来たる秋の一日、子どもの育ちにとつて、いかにことばの響きがたいせつなものであるのかを、こころとからだまるごとで、ご一緒に学んでみませんか。
 
 
【静けさのなかで全身でお話を聴く 山崎淳子】
耳をすまして歌やことば、お話を聞く機会が少ない今だからでしょうか、「昔話の語りを聞くことが嬉しい、もっと聞きたい。」という大人の方からの声をいただくことが増えました。少しの時間、静けさのある空間で、日常を離れ「全身でお話を聴く」…そんな機会になればと思います。
  
 
【ことばと子どもの育ち 諏訪耕志】
子どもは、ことばと共に育っていきます。大人が話すことばを全身で聴きながら育っていきます。大人が営む息遣いに包まれて育っていきます。お話しの朗読や絵本の読み聞かせを通して、わたしたち自身の息遣いとことば遣いを見直してみましょう。そうして、今日から新しく、子どもと一緒にことばの世界を楽しんでいきましょう。
 
 
●日時
9月24日(月・祝) 10時から13時
 
●場所
小さな保育室 こっこ 
大阪府箕面市新稲(お申し込みして下さつた方に詳しくお伝へします)
 
●参加費
大人のみ 4000円(今回はお子様のご参加はご遠慮をお願いしております) 
 
●お問い合わせ・お申し込み
nonnotokokko☆gmail.com 山崎 (☆マークを@に変換して下さい。)
info@kotobanoie .net 「ことばの家 諏訪」
tel 06-7505-6405
 
 
 
講師プロフィール 
 
●山崎淳子(やまざきじゅんこ)
1971年 箕面市に生まれ育つ。私立幼稚園教諭を経て、市の児童発達支援事業所に保育士として12年間勤務。2009年より「みのおシュタイナーこども園」の保育助手、2013年からの3年間は担任を務める。2012年より言語造形家・諏訪耕志氏に師事、昔話の語りを学ぶ。2016年 日本シュタイナー幼児教育協会教員養成講座修了。2018年4月 ルドルフ・シュタイナーの人間観に基づく私設の保育室「こっこ」を開室、現在は「親子のクラス」を行っている。
 
●諏訪耕志(すわこうじ)
1964年大阪市生まれ。1994年よりルドルフ・シュタイナーハウスにて言語造形家鈴木一博氏に師事。2004年より「ことばの家 諏訪」として関西を中心に自身の活動・言語造形を始める。言語造形の舞台、ワークショップ、シュタイナーのアントロポゾフィー講義などを生業としている。日本語の美と風雅(みやび)を甦らせ、子どもたちに伝えていくことが念願。

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2018年09月09日

和歌山での生誕劇に向けての取り組み 9月


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和歌山の親子えんげき塾 ことばの泉は、12月28日のキリスト生誕劇上演に向けて、ずつと稽古を重ねてゐます。
 
誰もが、芸術に取り組むことができる。
 
その取り組みのなかでこそ、しだいに大切な何かに気づいていくことが重なつていきます。
 
その気づきを重ねていく人の姿は、本当に美しいです。
 
メンバーが書いて下さつた昨日のお稽古からの文章です。
 
 
ーーーーーーーーーーーーーーー 
 
9月の稽古日。
 
人間の苦しみ、不安、悲しみ、怒り、絶望。
ひとつひとつの感情に、
必死にしがみつくように、
演じる。
 
祈りをこめて
歌う。
 
皆が真剣に、
この劇と向き合い、
支え合い
創っている。
 
言語造形は楽しい、
元気になる、
面白い、、
というだけではない何かがある。
 
私たちの命が響きあうように、
ことばが行き交う。
 
壮大な運命を受け入れた
マリアとヨゼフをどう演じるか、
 
羊飼いのキャラクターをどう際立たせるか、
 
必死でもがき苦しみ、それぞれが答えを探し出す。
 
素人の私たちには、本当に大変だ。
 
でもそれは孤独ではない。
 
そこにいる皆が
一人ひとりに心を寄せて、
物語を生きるから。
 
人間の奥にある精神にふれる活動を
仲間と共に必死に行う。
 
これが
演劇というもの、
本番があるということがもたらす
めぐみなのだろうか。
 
そして、この精神の活動の
最後の参加者がきっと
この生誕劇に導かれた
観客のみなさんなんだと思います。
 
まだまだ練習は続きます。。
母ちゃんたち、
がんばらねば。
 

 

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2018年09月08日

形を見る詩人の直覚 〜小林秀雄『歴史の魂』を読んで〜

 
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あの本(本居宣長『古事記伝』)が立派なのは、はじめて彼が「古事記」の立派な考証をしたといふ処だけにあるのではない。今日の学者にもあれより正確な考証は可能であります。
 
然しあの考証に表れた宣長の古典に対する驚くべき愛情は、無比のものなのである。彼には、「古事記」の美しい形といふものが、全身で感じられてゐたのです。さかしらな批判解釈を絶した美しい形といふものをしつかりと感じてゐた。そこに宣長の一番深い思想があるといふことを僕は感じた。僕はさういふ思想は現代では非常に判りにくいのぢゃないかと思ふ。
 
美しい形を見るよりも先づ、それを現代流に解釈する、自己流に解釈する、所謂解釈だらけの世の中には、「古事記伝」の底を流れてゐる様な本当の強い宣長の精神は判りにくいのぢゃないかと思ひます。
(中略)
 
・・・歴史を記憶し整理する事はやさしいが、歴史を鮮やかに思ひ出すといふ事は難しい、これには詩人の直覚が要るのであります。

 
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解釈・判断をしばらく置いておき、「形を見ること」「動きを聴くこと」に習熟していく。
 
そして、考へる力がゆっくりと熟してくるのを待つ。
 
あらかじめの考へや意見を、ものや人に当て嵌めてものを言ふのは、そのものや人だけでなく、自分自身を損なつてしまふ。
 
解釈や思惑を置いておき、そのときに見えてくる形、聴こえてくる動きを直覚する。
 
その感覚が、美しいものに触れることへとだんだんと近づいていく。
 
古典に対する、芸術に対する、ものといふものに対する、とても大事なあり方だと思ひます。
 

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2018年09月05日

夕方の空


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嵐が過ぎ去りし明くる日の夕方の空。
 
夕去りて 仰ぐ大空 なにゆゑか
まなこ浸み入る のかなしみ 


諏訪耕志


posted by koji at 20:08 | 大阪 ☀ | Comment(0) | うたの學び | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

嵐のあとの万代池


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一夜明けて、すぐ近くの万代池の様子。
 
唖然とした。凄まじい。
 
こんな万代池を見るといふことが信じられない、と通りがかりの人(同じ年代で、わたしと一緒で生まれた時から同じこの地域にずつと住んでゐる方)と話しした。
 
子どもの頃から見慣れ、親しんでゐたこれらの樹木が倒れてしまつた。

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2018年09月04日

風の神の物凄さ 〜台風21号〜


こんな凄い台風は生まれて初めてでした。
 
家の窓のガラスが風圧で湾曲してる!(古すぎる家で雨戸が閉まらない!)
 
猛烈な風の音と共に、家がきしんで悲鳴を上げてゐる!
 
二階の大きなトタンの屋根と木の庇が吹っ飛んで、空にぐるぐると舞いあがつてゐる!
 
天井から雨水が流れ出してゐる!
 
家族四人で、家にゐながら、まるでボロボロの一艘の舟に乗り込んで荒波を越えながら懸命に航海してゐるやうな(ちょつと大袈裟に聞こえるかもしれませんが)、そんな三時間でした。
 
娘たちも窓ガラスにテープを貼つたり、床に溢れ出る雨水を拭き取つたり、懸命に働いてゐました。
 
嵐が過ぎ去つたあと表に出てみると、驚きました。
 
お隣の家や家の前の道路に、何枚もの全長四、五メートルあるトタン屋根や、バラバラになつた木材や瓦が散乱して、車が通れなくなつてゐます。
 
しかし、まだ雨の降る中、次々に近所の方々が出てきて下さり(通りがかりの人も)、片づけを手伝つてくれました。
 
自然災害に遭つたときのために、色々な用心を前もつてしておかなければならないのですね。わたしは、台風のことを甘く見てゐました。
 
またこんな時にこそ、人の暖かさを感じることができて、日頃のご近所様とのお付き合ひがあるからこそだと(特に我が家では妻が気を配つてくれてゐます)、強く念はされました。
 
汗まみれ、泥だらけの一日でした。

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2018年09月01日

仕事と暮らしの関係


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絵:東山魁夷『緑響く』(1982)

言語造形の舞台をしてゐて、どうあがいてみても、美しく歌ふことができない時があります。
 
準備も重ねてきたし、意識の上でも前向きになつてゐるのに、どうしてだらう・・・。
 
しかし、本当は分かつてゐるのです。
 
生活に原因がある。毎日の生活のなかで重ねられていく意識はやがて無意識の底に沈められていきますが、その沈められてゐるものの質に原因がある。
 
生活がまつすぐになつてゐない。生活の中で余計なことをしすぎてゐる。余計なことを思ひすぎてゐる。
 
そして、作品に対するまごころ、ことばに対する敬意への意識がどこか不鮮明になつてゐるのです。
 
かういふときに、立ち戻る場所のひとつとして、わたしには昭和の文人・保田與重郎のことばがあります。
 
全集第二十巻にある『古典論』を開いてみました。
 
ーーーーーーー 
心持が如何にことばの風雅(みやび)の上に現れてゐるかは、心持の深さや美しさのものさしとなるし、作者が神の創造の思想に達してゐる度合のめもりである。
 
かくして言葉に神のものが現れるといふ言霊の風雅(みやび)の説、人各々の精神の努力と誠心とから遊離せぬものである。
 
人各々の心にある神が、ことばにも現れたときに、その歌は真の美しい歌となるといふ意味だからである。
 
我が内に鎮(しづ)まる神が現れることは、かりそめの誠意ではあり得ないことであつた。
ーーーーーーー
 
與重郎のことばは、わたしにとつて清潔で志の通つた山であり、谷であり、川であり、海であります。そこに帰つていくことで、わたしは漸くそのことばの内に宿つてゐるいのちの泉から清冽な水を汲み、喉を潤すことができます。
 
ただ、何度も、よく読まなければなりません。
 
ことばに沿つて、ことばのうしろにある、ことばの真意をとくと味はひ、骨身に徹して感じることは、実はそれほど易しいことではありません。
 
わたしといふひとりの人間。
 
その暮らしのひとこま、ひとこまに、どのやうなこころが抱かれ、育まれてゐるのか。
 
美(まこと)は、いかにして、我が身を通して生きうるものなのか、醜(うそ)は、なにゆゑ、我が身に忍び寄り、寄生しようとするのか。
 
「かりそめの誠意」ではなく、自分の、まごころとは。
 
稽古を毎日し続け、舞台に立ち続ける、といふことによつてこそ、暮らしの中で育み続けることのできるこころの領域。
 
ここでの、「稽古」「舞台」とは、すべての人に通じる「仕事」のことであります。
 
どんな険しい経験も、新しい認識となつてくれるといふことは、何とありがたいことでせう。
 

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2018年08月28日

人はみな言語造形をしてゐた 〜寅さんの生業〜



 
感情を交へずに、淡々と声にすることを旨とすべし。
 
シュタイナー教育において子どもに向かつて物語を語りかけるときに、このことをこれまでよく本などで目にしましたし、人がさう言ふのを耳にしました。
 
しかし、シュタイナー自身がかう語つてゐます。ことばの味はひを本来的に感じはじめる小学生のこころと精神をあまりに強くからだに受肉させることから守るために、いかに語りかけるか、といふことに関して、です。
 
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歴史の物語に子どもが強く情をもつてかかはるやうに、教師自身が、人物について、強く情から心を寄せ、敬ひ、あるいはまた憎むに値する人物のことを述べるときには、敬ひ、あるいは憎しみを湛えて語ることです。そのことをもつて歴史の授業は、子どもが物質的になりすぎないことに、ことのほか役立ちます。(『メディテーションをもつてものにする人間学』鈴木一博訳)
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シュタイナーが語つてゐることがらを長い時をかけてわたし自身で確かめてみるに、語り手自身が、言語造形を通して、ことばに沿ふことによつて、おのづから抱かれる深い情を湛えながらことばを発すること、それは決して聴き手への情の押し売り、頭でつかちな考への押し付けには決してなりません。
 
芸術とは、人の知性にではなく、情に訴へてくるもの。要(かなめ)は、語り手の独りよがりな情ではなく、作品そのもの、ことばそのものに潜んでゐる、まことの情が、ものをいふことです。まことの情こそが、小学生を育てます。まことの情こそが、子どもたちと、分かち合はれ、その分かち合ひは、わたしたちのふるさとである精神の世を想ひ起こさせます。
 
また、シュタイナーはかうも言つてゐます。今度は、子どもをある程度、その子その子に応じてふさわしく地上的にするために、いかに語りかけるかです。
 
ーーーーーーー
子どもがあまりに夢見がちであると気づいたなら、その子が言語の唱へられるところ、音楽的なところ、リズム、拍を受け止めることのはうへと目覚めるやうに試みます。言語の音楽的なところは、<わたし>をからだに入り込ませるのに役立ちます。育てる人としては、それを芸術として身につけることが欠かせません。(同書)
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ことばの音楽的な側面。それは、子どもの意欲を強め、萎えがちなところにいのちを吹き込むだけでなく、子どもを意識の目覚めへとゆつくりと導きます。
 
ーーーーーーー
いにしへには、人がそもそもリズムなしに話すなどありえない代々がありました。人がリズムのうちに話さうとする向きをもつてゐました。たとへば何ごとかを言ふのに、言語造形によらずに言ふことはありえませんでした。(『言語造形と演劇芸術』鈴木一博訳)
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本当の意味での、人といふものの育み。それには、生の中に、授業の中に、いのちを吹き込む芸術的な情が欠かせません。
 
と、いふところで、あまりにも急な展開かと思はれるのも無理はありませんが、そんな情をあまりにも豊かに湛えてゐた達人のひとりを紹介いたします。
 
寅さんです!
 
こころ(アストラルのからだ)からのはずみを基に話されてこそ、ことばは生きて来ること。
 
そのことのモデルケースを見せてくれてゐます。
 
子どもたちを育て、人を活き活きと活かすためには、このことばを話す「はずみ」が促されることが、教育の上で取り上げられていい、さう思ひます。
 
寅さんが、先生だつたらなあ。

 


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